生まれたての声【中】 一番怖いものは“普通の人”

  1. オリジナル記事

◆一番怖いものは“普通の人”?

 近況報告を終えると、石田さんは私の時間をつくってくれた。質問があるなら、みんなに聞いていいよ、と。

 質問は3つあった。まず、普段生活していて楽しいことは何ですか。次に普段生活して怖いことは何ですか。最後の質問は後に紹介する。

 1つ目の質問は途中で撤回させてもらった。先ほどの年末年始の話から、楽しいことは私たちと何も変わらないことがわかっていたからだ。

 2つ目の質問、怖いことについて。一番怖いのは皆、口を揃えて「災害」と答えた。特に停電が怖いという。もし今この瞬間に停電が起こったら、ろう者には情報を掴む方法が一切なくなってしまう。お店などでは館内アナウンスも聞こえずに、身動きが取れなくなるのだ。同じ理由で、乗っている電車が止まった時も怖い。なぜ止まったのか、いつ動き出すのかがわからないから、とても不安になるのだ。

 自分が事故に巻き込まれたときも怖いという。自分がもし車に轢かれたら、駆けつけた警察官は、ぶつけた側の人間の話しか聞くことができない。自分がろう者とわかると相手が嘘をつくこともある。ひいた相手がろう者とわかった瞬間、ひいた側の健聴者が逃げたこともあったそうだ。自分の障がいを相手に利用されてしまう可能性が常につきまとっているのである。

 信じられないことに、世の中にはハンディキャップのある人を無下に扱う輩が多く存在しているらしい。程度は違えども、友人の母親に無礼をはたらいた前のインタビュアーのような人間が、世の中には多く隠れているのだ。最近もインターネット上である映像が拡散された。車椅子に乗った健常者が、障害者の声や表情を真似している動画だった。いったい何が、彼らをそうさせるのだろうか。なぜ彼らは障がい者を下に見てしまうのだろうか。

 一番怖いのは普通の人ってことなのかもね。

 石田さんの最後の言葉が重く響いた。

イメージ

 

 サークルが終わり、あと片付けをして、皆が帰る支度を始めていた。

 私はろう者の1人に話しかけた。おしゃべりな手話をするあの女性だ。他の参加者によれば、彼女はなんと、取材を断られた友人の母親その人だった!近所の手話サークルだったとはいえ、会えるなんて思ってもいなかった。私は、石田さんの助けを借りながら自己紹介した。友人の母親は私からインタビューを申し込まれたことを忘れていたようで、協力できなくてごめんねとおどけてみせた。

雑談の最後、彼女は二つの手話をした。
 両拳を胸の前で握り左右に振る、寒い。
 顎の下で両手を握り、気をつけて。
 「寒いから気をつけてね」
 私は感謝の意を込めて、右手で自分の左胸と右胸を順番に触った。

◆マジョリティなマイノリティ

 初めての手話サークルが終わり数日経っても、私はあの時に感じた違和感の正体を言葉にできずにいた。自分が健聴者だから抱いた違和感なのか、初めての参加だったからか。日にちが過ぎると、見えかかっていたものの輪郭が少しずつ薄れていく。そんなとき、石田さんから一通のメールが届いた。見学のお礼に対する返信だった。来週もぜひどうぞ、と書かれている。

 来週は通常通り会話練習になります。
 まだわからないかもしれませんが、見ているだけでもいいので真似したりして参加してください。
 ちなみに、もし入会されるようであれば改めて勉強の方法も考えます。
 生まれつきのろう者は、耳が聞こえないので言語が手話であるだけで、普通の人と変わりません。
 聞こえる人からすれば少数なので障害者というとらえ方をしてしまいますが、もし手話のできない人がろう者の中に入れば、聞こえる人が障害者になります。
 聞こえないことで(彼らが)情報が得にくいことを(私たちが)理解すること。
 困っているときにサポートしてあげるだけで(彼らは)特に普通の人と変わりませんので、通じなくても身振りで話してみてください。

 私は文面を見て驚いた。あの空間においては、私は障がい者と同じなのだったのだ。

 手話を話す彼らの中に日本語を話す私がいた。それは、日本語を話す人々の中に一人だけろう者がいる状況と裏表である。日本国を部屋とすると、その中には圧倒的な数の健常者がいる。そして、少数派の人たちがいる。身体障がい者・精神障がい者・セクシャルマイノリティ・在日外国人…。逆に、手話サークルが行われていた部屋では、手話が聞こえる人が多数いて、手話が聞こえない人は私ひとり。

 あの時に感じた違和感は、少数派の人々が普段抱えている気持ちだったのかもしれない。私の違和感はあの部屋だけの一過性のものだったが、ろう者が抱くのは「自分の耳は聞こえない」とわかった瞬間から始まる永遠の違和感だろう。その違和感を作り出しているのは一体誰なのだろうか。

=【下】に続く 【前】はこちら

(小山修祐・大学4年)

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