どうして冤罪は生まれるのか 7回の有罪判決に潜む矛盾を明らかにした調査報道

  1. オリジナル記事

再審が確定した袴田事件のように、無実の人が罪に問われた事件が相次いで問題になっている。滋賀県の「呼吸器事件」もその1つ。近江市の湖東記念病院で男性入院患者が死亡し、呼吸器のチューブを抜いて殺害したとして、看護助手だった女性が殺人罪で懲役12年の有罪判決を受けて服役し、2020年3月に再審無罪となった事件である。

再審無罪に中日新聞の調査報道が大きな影響を与えたことは一般にはあまり知られていないが、『冤罪をほどく“供述弱者”とは誰か』(風媒社)では事件の問題点と同時に一連の取材プロセスも明らかにされている。フロントラインプレスのメンバーで著者の秦融(はた・とおる)氏は「冤罪は組織が作る、冤罪を解くカギは個人にある」という。その意味とは――。

◆司法判断に疑義――そんな報道ができるのか?

冤罪被害者となった西山美香さん(逮捕当時24)の実家は、滋賀県彦根市にある。中日新聞の編集委員だった秦氏が、大津支局の角雄記記者を伴って西山さん宅を訪ねたのは、2016年12月だった。

秦氏は当時、大型記者コラム「ニュースを問う」の担当デスク。秦氏は事前に、美香さんが獄中から出した家族宛ての手紙を角氏から示され、いくつか読んでいた。手紙は全部で350通あまり。封書1通につき便箋4~5枚、多いものは10枚もある。

その手紙も「私は殺ろしていない」と切々と訴える内容だった。「殺ろして」の「ろ」が字余りになっているのも美香さんの特徴で、その熱心さや整合性から秦氏は「確かに無実かもしれない」と考えるようになった。

ところが、事件では原審で3回(地裁・高裁・最高裁)も有罪判決が出ている。第1次再審請求審の3回、第2次再審請求審の1審も敗訴。つまり、計7回の裁判で有罪を宣告されていた。

本人がいくら無実を訴えているとはいえ、その司法判断に疑義を唱える報道は容易ではない。しかも満期出所まで1年を切っている。この段階で自分たちに何ができるのか。そんな迷いを抱えての訪問だった。

秦 融氏

秦融(はた・とおる)氏/中日新聞社で社会部デスク、カイロ支局長、編集委員などを歴任。2021年12月退社。呼吸器事件を調査報道した連載「西山美香さんの手紙」で2019年早稲田ジャーナリズム大賞・草の根民主主義部門、2020年日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。写真は本人提供

「自宅に足を運ぶと、美香さんの父・輝男さんが出迎えてくれました。顔にシワが深く刻まれていて……。娘の無実を信じて12年間戦ってきた苦悩が表れていると思いました。脳梗塞を患った母・令子さんは車椅子。2人とも70歳過ぎです。

輝男さんはこう言いました。私が中学しか出ていないからいいようにされてしまった、と。令子さんは、警察は市民の味方だと思っていたのに娘をめちゃくちゃにされた、と。切々と訴える夫妻は本当に善良な、日々の生活を懸命に送っている人たちでした」(秦氏、以下同)

 

呼吸器事件をめぐる経緯

(フロントラインプレス作成)

両親の話をじっくりと聞いた秦氏は冤罪だという確信をいっそう強めたが、確定判決が出た事件について、「冤罪だ」と新聞が報じるのは容易なことではない。

「紙面化のためには新証拠が必要でした。手紙の山だけでは足りません。捜査の問題点の検証、虚偽自白に至るメカニズムの解明……。美香さんは発達障害で、捜査員に迎合して自白した可能性が強いと取材で判断したのですが、その鑑定も必要でした。美香さんの障害をどこまで報道できるか。この点が一番大きかった」

1

2 3
板垣聡旨
 

記者。

三重県出身。ミレニアル世代が抱える社会問題をテーマに取材を行っている。

...
 
 
   
 

関連記事