記憶の継承を阻むものを可視化する戦後70年報道「時を渡る舟」(京都新聞)【調査報道アーカイブス】

  1. 調査報道アーカイブズ

 この第2部で描くのは、「老い」と個人の追憶をめぐる現代社会の過酷さだ。「ごみ屋敷」とされ、施設入所を機に戦後の思い出が詰まった品々を捨てざるを得なかった女性がいる。旧満州(中国東北部)での夫婦の経験を話したいと連絡してきた女性は、記者が電話をしてもなかなかつながらない。やっと会えると、特殊詐欺への恐れがもたらした孤立や、老老介護の現実が浮かぶ。

 筆者(森)はこの連載が続いていた2015年6月、「戦後70年報道」をテーマにした日本記者クラブの研修会に参加した。連載を担当していた京都新聞の岡本晃明・報道部長代理(当時)は、パネルディスカッションでこう語っている。

 これまで、取材メモの一部しか紙面化していないことに忸怩たる思いがあった。メディアは、こういうことは切り捨てる、というのを見せてこなかった。紙面に載るのは、「分かった」という話ばかりだ。ここまでは取材できたけど、ここからダメだったとか、記者のためらい、取材の壁を見せることもこれからのメディアには必要だと思った。

 最近、新聞記者が取材の過程を見せる記事は増えてきたが、当時は珍しかったと思う。それは読者からの信頼を高める手段にもなり得るし、やはり読んでいて面白く引き込まれる。

◆多彩なアプローチで考える

 この連載の特徴のひとつは、記憶を語り継ぐことへのアプローチの多彩さだ。

 第1部「記憶のテクノロジー」(7回)では、SPレコードやカセットテープなどの記録媒体にまつわるストーリーを描く。年月を経た劣化や社会の変化で、時代を映す「証言」が忘れられようとする現状を示した。

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 「ピースサイン」を取り上げた第3部「ピース?」(5回)は、戦後の平和運動の歩みや、現代の若者文化から平和を考える。第7部「つくろう・補う」(6回)は、残された戦中戦後の資料などから歴史をたどった。たとえば、国会図書館で連合国軍総司令部(GHQ)が残した資料のマイクロフィルムの中から映画の台本を見つけ、占領下で苦闘する京都の映画人の姿を追っている。

 第5部「法の壁」(上下)は、公文書をめぐる問題に迫った。GHQの資料から浮かび上がるのは、占領下の検閲による言論統制だ。日本の法制度も取りあげ、地方自治体も含めて歴史の検証に消極的な姿勢を明らかにする。7月1日朝刊の「下」では、こう書く。

 戦後60年、70年といった節目のたび、戦争体験世代が少なくなったと時の流れを嘆いてきた。しかし、私たちは「戦争の記憶」を未来へつなぐために今できること、変えられることを真剣に考えてきただろうか。
 法律は、公文書の廃棄や60年を超える秘密指定を可能にし、歴史の真実共有を阻む壁だ。一方で法律は、情報公開と保存を行政に課す力にもなりうる。法制度もまた、歴史という重い荷を積む、時を渡る舟だ。

 筆者(森)は、10年ほど前から戦争体験の取材を続けている。体験者の記憶が時を経て薄れるのは当然で、可能な限り事実の裏取りを心掛けている。ただ、記者の「習い性」に従って、記事化が難しいと思ったとき、だからこそ見えるものに目を凝らす大切さも、この連載に出合って学んだ。地道な調査によって新たな事実を発掘する努力も必要だろう。特攻をめぐる同調圧力や旧日本軍の組織的問題、国家と国民の関係など、太平洋戦争での問題は、現代に通じるものも多い。それを若い世代にどう伝えるか。従来の枠にとらわれない試みや切り口は、今こそジャーナリズムに求められている。

■参考

単行本【日本の現場 地方紙で読む2016』(早稲田大学ジャーナリズム研究所、花田達朗、高田昌幸編著):「時を渡る舟」の一部を収録

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森信弘
 

奈良新聞記者を経て、2003年から神戸新聞記者。報道部、経済部などを経て、現在は紙面編集部に所属している。災害や医療、地方行政・経済の取材に携わり、歴史関係も得意とする。ライフワークは戦争報道。元兵士ら体験者の聞き取りを続けている。

【主な著書(共著・編著含む)】  
 
   
 

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