学びたくても学べない―外国人の子どもたち「不就学」の実態(2019・7・16 Yahoo!ニュース特集)
大阪府立「門真なみはや高校」には、外国にルーツを持つ生徒がおよそ70人いる。全校生徒の約1割だ。イタリア、イラン、ペルー、アフガニスタン、ロシア、フィリピン、ネパール、中国など国籍は多岐にわたり、校舎ではそれぞれの国の言葉が飛び交う。外国人労働者の受け入れ拡大が進み、日本に来る子どもたちがますます増えていけば、こんな風景も当たり前になる……いや、そうとも限らない。日本語ができない子どもたちが急増するなか、教育現場の対応が追いついていないからだ。現におよそ1万6千人の外国人児童・生徒の就学状況を確認できないという。現場で何が起きているのか。大阪、愛知、東京で取材した。
門真なみはや高校の授業風景。外国人の生徒もたくさんいる(撮影:伊澤理江)
◆フィリピン語やネパール語、ペルシャ語も
朝8時。
白いシャツにリュックを背負った生徒たちが、自転車で風を切って正門を通り抜けていく。朝のホームルームの時間。教室を見渡すと、日本の生徒たちに交じって外国の生徒が目立つ。門真なみはや高校に「特別入学枠」で入った生徒たちだ。
9時45分になると、2年生の「第一言語」、つまり母語の授業が始まった。この時間帯は、中国、フィリピン、ネパール、ロシア、ペルシャの各言語。自らのルーツに誇りや自信を持てるよう、それぞれの母語を教えている。
フィリピン語とネパール語の教室をのぞいた。フィリピン語は男子3人、女子1人。ネパール語の生徒は男子1人で、教員と1対1だ。
大阪府の公立高校入試には「特別入学枠」がある。科目は、数学と英語、作文。このうち、作文は母語を選択できる。そうして入学した生徒たちは「渡日生(とにちせい)」と呼ばれ、この言葉は主に大阪府下で使われている。同校では、外国にルーツを持つ生徒約70人のうち43人が渡日生だ。
この日は、2年生の渡日生向け「日本史A」もあった。他の生徒が「日本史A」を受けている同じ時間帯に、やさしい日本語を使って分かりやすく授業を行うのだ。
ベテランの男性教員が、黒板に文字を書く。漢字にはフリガナ。「内閣」「政党」といった渡日生には難しい言葉が出るたびに、教員は英語を交えながら説明した。1年生の間は、こうした「抽出授業」をほぼ全ての教科で実施する。
◆「どうにか引き受けてくれ」
2年前まで同校の教員だった大倉安央さん(65)は20年以上も前から渡日生向けの教育に携わり、その土台を作った人物だ。今は別の府立高校で渡日生の教育に関わっている。
6月の週末。休日でにぎわう大阪・梅田のカフェで大倉さんと向き合った。
「1996年、(門真なみはや高校の前身の)門真高校に中国の子(中国残留日本人の家族)が入ってきました。(日本での生活が長くなって)中国語をほとんど忘れかけていて、親は中国語しか話せない。その子のアイデンティティーや親子関係を考え、中国語を勉強する機会を作れないかな、って。授業で母語を教えるなんて、当時はめっそうもないことだったから、放課後に教えてくれる人をまず探しました」
当時、門真団地では「中国帰国生」が集まって住むようになっていた。その後も帰国生は増えていく。彼らの教育をどう保障すべきか。さまざまな研修会に参加しながら、模索を続けたという。
その頃、大倉さんは地元中学の教員からこう言われた。
「『親は日給月給の仕事。どうせおれらもそう。学校に行ってもムダ』と思っている。この子らを引き留めるには高校進学に夢を持たせる以外ないんや。だから高校でどうにか引き受けてくれ」
この言葉を大倉さんは今も忘れていない。
教育委員会などとの協議も重ね、2001年に「特別入学枠」ができた。以後、中国帰国生らの間に「とりあえず、高校に行ってみようか」という流れができたという。先輩たちが高校に通う姿をその目で見たからだ。
大倉さんは言う。
「大阪府は昔から同和教育など、さまざまな人権教育に取り組んできました。府の教育委員会にも人権畑の人が多い。(渡日生を実際に指導する)現場の声をきちんと受け止めて理解してくれたんです」
特別入学枠を設け、母語指導などを行う高校はいま、大阪府で7校を数える。
◆渡日生 それぞれの素顔
門真なみはや高校の教室。
2年生のモハマド・マハディさんは取材に「日本語が上手にできない外国人の生徒と、抽出クラスで一緒に勉強ができるのが楽しい」と語った。来日は3年半前。きれいな日本語だ。ドバイ出身で、国籍はアフガニスタン。ペルシャ語、英語、アラビア語、ヒンディー語、ウルドゥー語、日本語を理解し、操る。
もっとも三者面談では、重苦しい空気も流れた。卒業後の進路について“制度の壁”を改めて実感したからだ。
「お父さんと一緒に仕事がしたい。でもビザの問題があって……」
モハマド・マハディさん(撮影:伊澤理江)
モハマドさんの父は、日本で自動車輸出に関わっている。自身は長男。父と一緒に働き、家計を助けたいと思っているのに、自分の「家族滞在」の在留資格では働くことが難しい。
通常、日本で働くためには「家族滞在」から「定住者」などに在留資格を変更する必要がある。しかし「定住者」の在留資格の変更を申請するには「我が国において義務教育の大半を修了していること」という要件が欠かせない。
来日後、中学校夜間学級を経て高校に進学したモハマドさんは、この要件を満たしていない。
「お父さんは24歳までアフガニスタンにいました。戦争があるから、子どもの未来のためにドバイに移り住み……。自分のような苦労をしてほしくないから、僕が日本でよりよい仕事に就くことを望んでいます」
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この記事は「学びたくても学べない―外国人の子どもたち『不就学』の実態」の前半3分の1ほどです。取材・執筆はフロントラインプレスのメンバー、伊澤理江さん。記事の公開は2019年7月16日です。
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学びたくても学べない―外国人の子どもたち「不就学」
外国籍の子どもたちの不就学問題については、2019年9月、文部科学省が初の全国調査の結果を公表。その結果、約1万9000人の子どもたちが未就学になっている実態が浮かび上がっています。
外国籍児1万9千人が不就学か 文科省、初の全国調査(日本経済新聞)
外国人の子供の就学状況等調査結果