法改正を導いた「群馬大学病院の手術死亡事故」報道

  1. 調査報道アーカイブス

「群馬大学病院の手術死亡事故」報道 読売新聞(2014年)

 

[ 調査報道アーカイブス No.16 ]

 読売新聞による渾身の調査報道は、北関東の医療拠点・群馬大学医学部付属病院が舞台だった。この病院では過去5年間、腹腔鏡を使った保険適用外の肝臓切除手術で、術後3カ月以内に患者8人が相次いで死亡していたことを2014年11月14日、読売新聞が朝刊1面トップでスクープ報道した。執刀医はすべて同じ医師。翌日朝刊では、同じ医師が執刀した肝臓の開腹手術でも5年間に10人が死亡していたことを報道した。死亡率は10%を超えており、肝臓の開腹手術では異常な高さだった。

 読売新聞はその後も取材の手を緩めず、群馬大学病院の死亡事例に対する調査体制のずさんさ、先端医療の導入に関する不透明な実態などを明らかにしていく。一連の報道は2015年度の新聞協会賞を受賞した。取材の経緯については、取材班リーダー・高梨ゆき子記者が著した「大学病院の奈落」(講談社)に詳しい。

 同書によると、「群馬大学病院で腹腔鏡手術による不可解な死亡事例が続発している」という情報を高梨記者が聞きこんだのは2014年の夏の盛りだった。千葉県がんセンターで起きた腹腔鏡手術をめぐる死亡事故が同年4月に表面化し、千葉県による調査の行方に関心を寄せていたときだった。

 高梨記者の得た端緒情報は断片的だった。それでも関係者を探し、取材し、ジグソーのパズルを埋めていく。やがて群馬大学病院で死亡した8人の患者の住所を把握し、接触を試みようとした。2014年10月半ばのことだ。

 腹腔鏡手術とは、腹部に数か所穴を開け、そこから細いカメラや手術器具を挿入して行う手術のこと。臓器の切除や縫合もモニター画面の映像を見ながら行われる。開腹手術と違い、腹部を切り開くことがないため患者への負担が少ないとされている。ところが、8人の患者は術後17日から97日の間で亡くなっている。

 高梨記者は8人の遺族全てに接触した。取材に応じてくれたのは、このうち6組。直接会って話を聞くと、いくつもの共通点が明らかになった。患者は腹腔鏡手術の中でも高難度の治療を受けていたのに、遺族たちは「そんな説明は執刀医から一切なかった」「楽な手術だし回復も早いと聞いていた」「腹腔鏡しかないのだと思っていた」と口をそろえた。患者たちの最期はいずれも苦痛に満ちたものだったという。

 死亡した8人が受けた手術は、高度な技術を必要とするため「保険適用外」となる。したがって病院の倫理審査委員会に臨床研究として申請する必要があった。だが、執刀医が所属する第二外科はそうした申請を行っていないことも取材で分かった。「なぜ死亡したのか腑に落ちない」。遺族は皆、そうした思いを抱えていたが、北関東一の医療拠点であり、「天下の群大」の手術の結果だから、「運命と思ってあきらめるしかない」と自らに言い聞かせていたという。

 スクープ2日前の11月12日。高梨記者ら取材班は群馬大学病院の病院長、総務課長に正式取材を申し入れ、8人死亡の手術事故についてコメントを取る。病院長は業務多忙を理由に、総務課長に一切の対応を任せた。

 初報が掲載された当日、11月14日の記者会見では、病院側が事実関係を認めた。その後の報道は、さらに数々の問題を明るみに出す。保険適用外の手術を保険適用の手術として診療報酬を請求していたこと、患者へのインフォームド・コンセントが不十分だったこと、同じ医師による開腹手術でも10人が死亡していたこと……。結局、群馬大学病院は翌2015年6月、高度な先端医療を提供する「特定機能病院指定」を取り消された。

 読売新聞の群馬大手術死問題取材班は、新聞協会賞受賞を伝える記事で、こう書いている。

「記者が来るまで、仕方なかったのかとあきらめかけていた」――。取材に応じた遺族は一様にそう話した。

 一般の人にとって、医療は専門的でわかりにくい世界だ。報道を受け、読者からも驚きと怒りの声が続々と寄せられた。共通するのは「患者の安全・安心を第一に考える姿勢を見せてほしい」という願いだ。

 報道後、これは群馬大病院だけの問題ではないことが浮き彫りになり、各方面で改善の動きが広がっている。

 実際、一連の手術死亡事故をきっかけに、2017年の通常国会で一つの法案が可決、成立した。特定機能病院の安全管理を強化する改正医療法である。「大学病院のような高度医療を担う医療施設は、医療安全対策も高水準であらねばならない」という方針が初めて明文化されたのだ。

 調査報道には、社会をより良い方向に動かす力がある。それを証明する見事な報道だった。

■参考URL
【特集】群馬大病院の腹腔鏡手術を巡る特報…新聞協会賞(yomiDr.)
群大病院「8人死亡」事件、執刀医の暴走はこうして起きた(現代新書)
単行本「大学病院の奈落」(著:高梨 ゆき子/講談社)

本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

...
 

関連記事