ざこ寝、プライバシーなし……「避難所の劣悪な環境」なぜ変わらないのか

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ざこ寝、プライバシーなし……「避難所の劣悪な環境」なぜ変わらないのか(2019・11・1 Yahoo!ニュース特集)

 70代の男性は「最初は段ボールベッドもなく、床にざこ寝。地べたに寝てると、立ちにくいから、動かなくなる」とつらそうだった。60代の女性は「トイレ? 足りないです。女子は和式しかない。89歳の母はトイレで倒れちゃって、たいへんだった。お年寄りに避難所は無理です」――。
長野市の小学校を訪れると、多くの高齢避難者はこう訴えた。ここに限らず、台風19号の被災地では、似た光景が続出していたに違いない。床にざこ寝、プライバシーのない空間、足りないトイレ、場所によっては水や食料も乏しい。「避難所後進国・日本」はなぜ、一向に改善されないのか。

撮影:木野龍逸

◆「昭和」から変わらぬ避難所

 10月12、13日の週末、台風19号の影響で東日本を中心に各地で大きな被害が出た。長野市の豊野地区では、千曲川の支流・浅川が氾濫。豊野西小学校の体育館には住民200人余りが避難していた。ここに詰めている市の担当者によると、避難所の開設は12日夜。段ボールベッドを配置した18日夜まで、避難者はざこ寝だった。

 長野市の担当者は言う。
「けさ(10月20日)まで体育館のステージの上でも人が寝ていました。段ボールベッドはこれまで入れたことがなく、いくつ入るのか分からなかった。国の担当者が来てスペースを計算するなどしていたので時間がかかりました」
学校の体育館や教室、公民館などで“ざこ寝”――。
日本では見慣れた避難所のこの光景は、実は相当昔から変わっていないようだ。写真に残されている避難所の様子を見ると、少なくとも昭和初期からざこ寝は続いている。

長野市・豊野西小学校で提供された段ボールベッド。避難所開設から6日後の配置だった(撮影:木野龍逸)

◆避難所にベッドがないと何が起きる?

 新潟大学大学院医歯学総合研究科の榛沢和彦特任教授は、災害があると、被災地に出向き、避難者の健康をチェックしたり、避難所の様子を点検したりしてきた。「避難所・避難生活学会」会長も務めており、今回の台風19号でもあちこちの被災地に足を運んだ。
その知見から「避難所へのベッドの配備」を強く訴えている。
「ベッドの使用率が低いほど、静脈血栓塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群の原因になる血栓が多くなる」からだ。避難所の環境改善を目指す同学会も2018年12月、それまでの調査研究の結果から段ボールベッドなどの簡易ベッドを避難所の基本装備にする提言をした。

 「今回の台風19号の避難所でも、足に血栓ができて病院に行かなくてはならない高齢者がいました。(2014年の)広島市での土砂災害や(2015年の)茨城県の常総水害でも、避難者から血栓が見つかっています。実は、避難所の半数くらいの人がベッドを使うようになると、ほぼ、血栓はなくなります。欧米では、3日以内に避難所にベッドを入れるのが標準です。人命救助と同じくらい早く、避難所環境を良くしないと健康被害が起きてしまうからです」

 どうしてベッドが必要なのだろうか。日本では、自宅で布団を敷いて寝る人は多い。
「避難所と自宅は違うんです。避難所の床は冷たいし、振動もあるので、不快感を覚えます。ほこりも舞い上がりやすく、病気の原因になる。そうした問題も、簡易ベッドによって改善されることが分かっています。避難所だからこそベッドにしましょう、というのが私たちの考えです」

新潟大学の榛沢和彦特任教授(撮影:木野龍逸)

 榛沢特任教授が続ける。
「自治体が段ボール会社などと防災協定を結ぶ例も増えてきました。でも、まだまだ少ない。受け入れ側の理解がないと、ベッドを入れるときに『なぜ必要なのか』から説明しなければいけないし、ベッドがあっても使われないこともある。優先度が低くなってしまうんです」

◆欧米「避難所で日常生活ができる」を目指す

 榛沢特任教授らはこれまで、イタリアやカナダ、米国など外国の避難所も調査してきた。その経験からも「日本の遅れ」を痛感しているという。
「欧米は、避難所生活を限りなく日常生活に近付けることを目指しています。だから、ざこ寝ではなくベッドが標準。水洗トイレを確保し、食事も普通のものを出します。避難所生活は日常生活の延長。そもそも『避難所生活が特殊な環境のもの』は日本での思い込みであり、間違いなんです」
欧米には、第2次世界大戦中の経験があるという。
「1940年、ドイツ軍がロンドンを爆撃し、多くの市民が地下鉄に逃げ込み、ざこ寝の避難所が数カ月続きました。その結果、さまざまな病気が増え、エコノミークラス症候群の重症化で亡くなる人が普段の6倍にもなった。だから欧米では必ずベッドを使う。ざこ寝がよくないことを知っているのです」

 こうした欧米の例にならい、「避難所・避難生活学会」は、日本でも政府が主体となって「TKB(トイレ、キッチン=食事、ベッド)の迅速な供給を⾏う」よう提言している。
榛沢特任教授は言う。
「避難所に必要なトイレやベッドの数は、病院と同じに。食事は、キッチンカーなどでその場で作るのが基準です。避難所で作って、その場で配膳するのが安全だからです。そのためには無償のボランティアではなく、訓練を受けた職能支援者が絶対に必要です」
「なぜ、日本でそれができないのか? 米国の連邦緊急事態管理局(FEMA)やイタリアの市民保護局のような国の組織がなく、予算が付かないことが大きい。現状では、欧米のように『発災から3日以内にTKBをそろえる』という対応ができません。また欧米では、国の出先機関から被災地に人が送られます。日本のように被災自治体の職員が避難所運営のために寝泊まりするのは人権的に問題があると考えられています」

200人余りが避難した小学校。仮設トイレは3基だった(撮影:木野龍逸)

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 大水害、台風、地震。日本ほど自然災害の多い国はないかもしれません。ところが、戦前や戦後間もなくの避難所の写真を見ると、愕然とします。公民館や学校での避難の様子が、今とほとんど同じなのです。広い教室や講堂で、ざこ寝、プライバシーなし。これが2〜3日続いただけで、多くの人は耐え難くなるでしょう。
なぜ、災害大国でありながら、半世紀以上も全く改善されないのでしょうか。記事<ざこ寝、プライバシーなし……「避難所の劣悪な環境」なぜ変わらないのか>はそこを突いたもので、外国の事例も交えながらルポしていきます。

  記事は2019年11月1日にYahoo!ニュースオリジナル特集で公開されました。全文は、そのサイトで読むことができます。下記をクリックして、リンク先でお読みください。Yahoo!へのログインが必要になることがあります。また、写真は配置などが異なっています。
ざこ寝、プライバシーなし……「避難所の劣悪な環境」なぜ変わらないのか

木野龍逸
 

フリーランスライター。

1990年代からクルマの環境・エネルギー問題について取材し、日経トレンディやカーグラフィックなどに寄稿。 原発事故発生後は、オンサイト/オフサイト両面から事故後の影響を追いかけているほか、現在はネット媒体や雑誌などで幅広く社会問題をカバーしている。  

 
   
 

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