「自分に何ができるか」飛び交う催涙弾と火炎瓶……香港デモ密着ルポ 若者たちの胸中(2019・12・27 Yahoo!ニュース特集)
リーダーらしき男性は左手で傘をさし、右手に鉄パイプを握っていた。20歳そこそこだろうか。黒の上下にマスクとヘルメットを着用し、目元しか見えない。道路には、ガラス瓶やレンガが砕けて散乱している。男性のすぐ後ろには、水泳のビート板やベニヤ板の盾と雨傘を持つデモ隊が1000人ほど連なっていた————。
2019年11月。中国政府による強権的な支配を嫌う香港の抗議活動は、香港理工大学で激しい衝突を引き起こした。警官隊と対峙(たいじ)したのは、若い学生たちだ。高校生らのティーンエイジャーも少なくない。彼ら彼女らは何を見たのだろう。何を考えていたのだろう。
撮影:Viola Kam
◆11月16日からの数日間 香港理工大にて
交差点を挟んだ通りの向こう側には、完全装備の警官隊がいた。銃口はデモ隊に向いている。午前10時半。警官隊が「警告 催涙煙」と書かれた旗を揚げた瞬間、破裂音が響き、缶詰大の催涙弾が白煙を噴きながら降ってきた。
デモ隊に向け、警察が放水銃で催涙剤を放つ(撮影:Viola Kam)
デモ隊。催涙弾を打ち返すラケットを握っている(撮影:Viola Kam)
デモ隊側で取材を続けていると、弾頭を警官隊に投げ返す参加者が見えた。テニスのサーブのようにラケットで打ち返す者もいる。警官隊までの距離は100メートル以上。投げても届かない。警官隊はゴム弾なども使用していた。直撃を受けると、痛みと青あざがしばらく消えない。救護ボランティアや取材中のインドネシア人記者もけがをした。
この日の午後には、鎮圧用の放水車も投入された。高圧で放たれる水は催涙剤入りだ。触れると、激しい痛みを伴って皮膚は腫れ上がる。
香港理工大に残された、ジョン・レノン「イマジン」の一節。本当の歌詞には「that」がない(撮影:Viola Kam)レインコートは放水銃対策(撮影:Viola Kam)
取材中の私も放水のしぶきを浴びた。
ゴーグルの隙間から薬剤が入り、目頭が焼けるように痛い。火炎瓶が弾ける音、催涙弾が跳ねる音……。すぐそばで音がしても、目の痛みで歩くこともできない。催涙弾の煙も吸い込んだ。鼻の奥に痛みが走り、咳き込んで呼吸もできない。救護チームが後方に運び出してくれた。そのうちの1人、女性ボランティアが目に入った薬剤を手際よく洗い流してくれる。
「顔を拭くときは、乾いたティッシュやタオルを使ってください。しばらくは、ウエットティッシュで顔を拭かないでください。催涙剤が広がって顔じゅうがヒリヒリしますから」
手渡されたポケットティッシュの袋には「ピカチュウ」。マスクを外した彼女は、明らかに10代だ。彼女だけではない。香港理工大学の内側にいると、参加者がマスクを外す場面に遭遇する。彼ら彼女らは実に若い。思った以上に若い。
◆「これは大変だ、と」 22歳の男子大学生
22歳の男子大学生に取材で会った。自らを「ミッキー」の愛称で呼ぶ。今後も訴追の恐れがあり、素顔や本名は明かせないという。
「同じ大学生の友人に誘われ、デモに参加するようになりました。これまで、政治に興味はなかった。でも、ネットで記事を読み始めたら、すごいことになっている。同年代や自分より年下の人が体を張っているんです。これは大変だ、と」
最初の参加は6月9日だった。主催者発表で100万人。彼はそこで「香港の自由が失われつつある」と危機感を覚えた。その後も街頭などで同年代の姿を何度も目にし、「自分に何ができるか」を考え続けたという。
「ミッキー」(撮影:Viola Kam)
ミッキーは11月16日、香港理工大へ1人で来た。SNSで「人手が足りない」という学生らの書き込みを見たからだ。
校舎のバルコニーに行くと、石や火炎瓶を投げるグループ、手渡すグループ、作るグループなどが動いていた。この日初めて集まった人たちで役割分担したグループもあったらしい。みんな、スマホのチャットアプリや掲示板を使い、誰かの呼び掛けに誰かが応じるかたちが続いた。
大きな衝突に発展した翌17日もミッキーはこの場にいた。物を運んだり、投石器の発射台を担当したり。様子が変わったのは、夜になってからだ。大学に通じる道路が全て封鎖され、「校内と周辺にいる者は全員、暴動罪で逮捕する」というアナウンスが警察車両から流れた。暴動罪は最長で禁錮10年。かなり重い。
(撮影:Viola Kam)発砲する警察官(撮影:Viola Kam)
◆「このままだと中国と同じになる」
18日になると、ミッキーは脱出の方法を考え始める。警察とデモ隊がにらみ合う交差点から最も遠い校舎まで走り、斜面をよじ登って道路へ。通りかかった車に拾ってもらい、さらに遠くまで送ってもらった。
この日、現場では1000人近くが逮捕されている。彼自身、今後逮捕される可能性があると話す。
「家に帰ると、母が一言だけ、『無事でよかった』と。その後も普段通りに接してくれている。もちろん、デモへの参加を家族は知っています。母は、危ないから行くのをやめてほしいと思っているでしょう。でも、やめません」
――なぜ?
「このままだと中国と同じになっていく。自由に発言できなくなり、政治的な発言したら行方不明になる。今の香港に希望はありませんが、この運動を続けることが希望につながる。香港は香港市民のものでしょう?」
催涙剤を救護ボランティアに洗い流してもらうデモ参加者たち(撮影:Viola Kam)
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この記事は<「自分に何ができるか」飛び交う催涙弾と火炎瓶……香港デモ密着ルポ 若者たちの胸中>の一部です。2019年12月27日、Yahoo!ニュースオリジナル特集で公開されました。取材はフロントラインプレスのメンバー、岸田浩和さん。写真は香港在住のViola Kamさんです。
記事はこのあと、「『本当に怖かった。でも自由を』23歳の女性救護ボランティア」「警察はティーンエイジャーにまで……」「香港の“自由”を支えるデジタル技術」「香港市民の不安『希望はない』は変わるのか」と続きます。ご存知の通り、その後、香港では民主化を求める人々が多数逮捕、投獄され、自由を求めるメディアも廃業に追い込まれるなどしました。鎮圧された自由が回復できる可能性はあるのでしょうか。
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