チャイルド・デス・レビュー 救えなかった小さな命

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チャイルド・デス・レビュー (2021・10・4 SlowNews)

第1回 どうしてうちの子は死んだんですか

 まさか、わが子の命が失われるとは誰も思っていない。しかし、悲劇は突然やってくる。死因さえはっきりしないまま、時間ばかりが経過していくケースも少なくない。「命を救えなかった理由は何か」「今からでも何かできることはないか」。親たちはそう考え、苦しむ。世界一安全と言われる日本で、繰り返される子どもの事故や虐待、自殺…。どうやったら、この苦しさを減らせるのか。社会にできることは何か。命を救う戦いの現在地を伝える。

◆伶那はもう、名前を呼んでも返事をしなかった

 長野県内の葬儀場。複数の家族が寝泊まりできる大広間の片隅で、松田容子(52)は、夫(51)とともに、長女伶那(れいな)=当時(12)=の亡きがらに寄り添っていた。静まり返った施設。職員も帰り、3人がいる場所だけ明かりがともる。冷たくなってしまった娘の手や顔をさすりながら、松田は泣いていた。数日前、元気に送り出したはずの娘。こんな別れがこようとは思いもしなかった。

 2013年2月。

 伶那の異変は急だった。小学校の卒業旅行で3泊4日の日程で長野県へ。その2日目の2月20日、スキー場でそり遊びをしていたとき、突然「疲れた」と座り込んだという。友人が気付いたときには倒れており、近くの病院に搬送された時にはすでに心肺停止だった。

松田伶那さん(家族提供)

 松田の自宅は横浜市にある。
 教頭から連絡が入ったのは、その日午後4時すぎだった。直後、今度は救急車に乗り合わせた担任教諭から電話があり、既往症の有無を聞かれた。これまで大きな病気やけがをしたことはない。6年生になってからは欠席もなかった。それを伝えた松田は、とっさに「先生、生きてます? 生きてますよね?」と尋ねた。教諭は「はい、はい」と答えるだけだった。この瞬間、生きているとも死んでいるとも言えない状況を悟った。

 東京で仕事中だった夫に連絡し、先に長野へ向かってもらうことになった。松田は昼寝をしていた下の子を義父母に預け、午後5時前に自宅を出発。長野行きの新幹線に乗るため、在来線を乗り継ぎ、東京駅に向かう。その最中、携帯電話が鳴った。伶那が搬送された病院の医師からだった。
 「心肺蘇生をやめてもいいですか」
 医師が承諾を求めてきた。松田はすがった。
 「人工心肺でも人工呼吸器でもなんでも着けて、助けてください」
 医師の姿勢は変わらなかった。
 「ちょっと難しいです。これ以上続けても、伶那さんが苦しむだけ」
 松田は一人で決断できなかった。

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 この記事は連載「チャイルド・デス・レビュー 救えたはずの小さな命」第1回の冒頭です。2021年10月4日から5日間、サブスクの「スローニュース」に掲載されました。取材を担当したのは、フロントラインプレスの穐吉洋子さん、林和さん、益田美樹さんです。
 チャイルド・デス・レビュー(CDR)は、さまざまな要因で命を落とす子どもたちを救おうという取り組みです。学校や公共施設などでの事故、家庭内の事故、交通事故、虐待やいじめ……。そうしたことが原因で亡くなる子どもたちは、あとを絶ちません。しかし、きちんとした予防策があれば、それらの命は助かったのではないか。CDRはそうした考え方をベースにしています。
 予防策をつくるには、過去の実例を丹念に検証する必要があります。そのため、CDRを推進するためには、教育、医療、福祉、警察・検察といった機関が組織の壁や論理を超えて手を結び、情報を共有していくことが欠かせません。

 1970年代に米国で始まったCDRは欧州など世界各国に広がり、「防ぎうる死」を高い割合で防いだことで大きな成果を挙げてきました。ところが、日本ではCDRの取り組みが一向に進みません。厚生労働省が主導するモデル事業も2020年度にようやく始まったばかり。それでも「先行きは暗い」「日本での導入は無理だ」といった声が専門家からも途切れないのです。これはいったい、どういうことでしょうか。いったい何が、誰が行く手を阻んでいるのでしょうか。取材チームはそこに焦点を当て、医療や行政の関係者、専門家、当事者遺族らのもとを丹念に歩きました。この連載は、それに基づく調査報道です。

 5回の連載はスローニュースのサイトで全文を読むことができます。下記のリンクからアクセスしてください。会員登録が必要です。ここで紹介した連載は第1部。このあと、第2部、第3部と続く予定です。

https://slownews.com/stories/8TOKeKJhxNg/episodes/EF7pxml7Y_0

 

 

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