ビートルズ誕生60年「歴史の証人」が語る実像

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ビートルズ誕生60年「歴史の証人」が語る実像  「ジョン・レノンが育った家」管理人の思い (2021・1・30 東洋経済オンライン)

 サッカーファンに知名度の高い英国・リバプールは、あの「ザ・ビートルズ」を生んだ街でもある。ジョン・レノンが住んでいた家「メンディップス」もナショナル・トラストによってきちんと保存され、多くのファンや音楽愛好家がその地を訪れてきた。ビートルズ誕生(バンド改名)から60年。今年8月にはドキュメンタリー映画『The Beatles : Get Back』も世界同時公開される。
 それに歩を合わせるかのように、メンディップスの管理人、コリン・ホール(71)はアーカイブの作業を急いでいる。音楽ジャーナリストでもあるコリンはこの地で、どんなビートルズを見ていたのだろうか。ほとんど世に知られていないエピソードも交えながら、ジョン・レノンをはじめ、アーティストたちの素顔や思い出を存分に語ってもらった。コロナ禍で行われた心温まるインタビューを3回連続でお届けする。

◆キャバーン・クラブの雰囲気素晴らしかった

 ――コロナ禍でのリバプールはいかがですか。

 皆、具体的にどう行動していいかわからない状況だと思います。私は71歳ですから、自分の身の安全を第一に状況を見守っているところです。正直、収束までにはものすごく 時間がかかるでしょう。メンディップスの公開もできません。
 この数カ月はメンディップスとフォースリン・ロード(ポール・マッカートニーが育った家)、両方のアーカイブや目録を作成しています。これは私の後継者のためでもある。私の知識を次世代に伝えるためですから。メンディップスの歴史を口述で伝えるために音声資料も作っているんです。
 私のような70代の人間は、いろいろなことを覚えていますからね。戦後のリバプールの状況、自分が育った1950年代、そしてティーンエイジャーだった1960年代。時代の目撃者であり、社会的、文化的な現象も実際に体験している。もちろん、当時はそんな意識すらありません。若者として、普通に出かけ、楽しんでいただけです。
 でも、時間が経つにつれて、それが文化遺産として認識されるようになりました。ビートルズが定期的に出演したことで知られるキャバーン・クラブにしても、当時は単に音楽を聴く場所でした。  しかも換気は劣悪で、臭いも酷かったんですよ。人がぎゅうぎゅう詰めで、息や汗で壁に結露ができて、それが頭上から落ちてくる。臭いを消すために、消毒剤も撒くんですが、逆効果でね。でも、雰囲気は素晴らしかった。いるだけで楽しかった。「これが歴史に残る」なんて、思いもしませんでしたが。
 若者にとって、「歴史」は学校で習うものですよね? キャバーンへ行くのは、遊びであって勉強ではありません。いつもいい音楽を聴けて、ラッキーだったら女の子との出会いがある……。その程度だったんです。

ジョン・レノンの生家「メンディップス」

「メンディップス」の居間。ジョン・レノンが暮らしていた当時のまま。

 ジョン・レノンは5歳から22歳まで「メンディップス」で暮らしていた。ジョンは1980年12月にニューヨークで凶弾に倒れ、世を去る。その後、2002年に妻のヨーコ・オノがメンディップスを購入、ナショナル・トラストに寄贈し、翌2003年から一般公開されてきた。一方、老舗のライブハウス「キャバーン・クラブ」は、ビートルズが結成間もない頃から何度もステージをこなしてきたことで知られている。ビートルズの聖地のようなその店舗もコロナ禍で長期の営業停止を強いられ、経営危機にさらされているという。

――コリンさんもキャバーンに通っていたわけですね。

そうです。ただ、残念なことにビートルズが出ていた時代、自分はまだ若すぎて彼らの演奏を直接見ることはできなかった。でも、通うようになった頃、ボブ・ウーラー(キャバーン・クラブの看板D J・司会者)はまだ現役でしたよ。
 友だちと一緒にボブに声をかけ、「友だちがバンドをやってるけど、出演できますか」って尋ねたこともある。そしたら奥のオフィスに呼ばれて。こっちはティーンエイジャーだったから、緊張しましたね。
 ビートルズのコンサートのポスターが壁に貼ってあり、それをボーッと眺めるばかりで。ボブは「出演は大丈夫だけど、最初の演奏はオーディションだから」と言いました。つまりノーギャラ(笑)。でも、友だちのバンドは、「オックス」っていう名ですが、キャバーンに出られるというだけで大喜びでした。
 当日はほかにもいくつかバンドが出演していました。メインは、リー・ドーシーというアメリカ人のR&Bシンガー(ジョン・レノンがアマチュア時代からカバーし、アルバム『心の壁、愛の橋』にも収録した「ヤ・ヤ」が有名)。白いスーツがかっこよくて、パフォーマンスも素晴らしかったですね。オックスは前座でプログラムのかなり下のほうだったんですが、リー・ドーシーのサポートというだけで感動していました。

 現在、オックスのメンバーは孫がいる世代です。キャバーンの向かいのレンガの壁には、出演したアーティストの名前がすべて刻まれていますよね? 「オックス」ってあるだろう、あれはおじいちゃんのバンドだよ、その後バンド名を変えたから、ほら、こっちのレンガもおじいちゃんのだ、と孫に自慢している(笑)。歴史に残る存在になったんですからね。
 そう言えば、若い頃はキャバーンに行くことを、「Let’s go the Cavern」って言っていました。英語の文法としては、「Let’s go to the Cavern」が正しいんですが、どうしてでしょうね。

コリン・ホールさん(写真:Harry Livingstone)

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 ジョン・レノンの生家「メイディップス」は、英国のリバプールにあります。長く、そこで管理人を務めていたコリン・ホールさんの単独インタビュー。コロナ禍の中で改めて知る音楽の力。心温まるホールさんの肉声を3回連載の形で東洋経済オンラインに公開しました。取材は、フロントラインプレスのメンバーで英国在住の越膳こずえさん。3回の連続インタビューの全文は、東京経済オンラインでお読みいただけます。

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越膳こずえ
 

通訳・翻訳家、ジャーナリスト。アートや音楽、建築をはじめ、幅広い文化ジャンルをカバー。ロンドン映画祭を含む映画プレミアでの通訳を担当。Apple、BBC、Chanel、Kokuyo、MoMA、各地方自治体など、様々なジャンルのクライアントとの通訳、翻訳経験を持つ。英国ロンドン在住。

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