「防衛庁による情報公開請求者リスト作成問題」毎日新聞 2002年5月
[調査報道アーカイブス No.1]
「防衛庁が情報開示請求者の身元情報を調べてリストを作り、内部で回覧しているらしい」ーー 。毎日新聞の大治朋子記者がそんな情報を耳にしたのは2002年の春だったという。情報公開法の施行から1年になり、同法の運用実態を取材していた最中のことだった。
「身元情報」とは何か。申請書類には申請者の氏名、住所、請求内容しか記載しない。それ以上のどんな情報が収集され、リスト化されているのか。大治記者は丹念な取材の末、リストそのものを入手し、2002年5月28日朝刊1面でスクープした。
入手したリストには、防衛庁(現・防衛省)や自衛隊に情報公開請求したことのある市民142人の「身元」が記載されていた。「受験者(アトピーで失格)の母」「反基地運動の象徴」「反戦自衛官」…。オンブズマン活動に携わる請求者には「ob」という略号が付されていた。開示請求者の情報と、防衛庁・自衛隊が密かに行った身元調査の情報。それらを重ね合わせて作り上げたリストである。国民の権利である情報公開制度を「官」が悪用し、国民監視の手段としていた実態を白日の下にさらした、見事な調査報道だった。
毎日新聞によるスクープの後、防衛庁は「リスト作りは情報公開室の幹部が個人的に行っていた」と釈明した。ところが、陸上自衛隊や航空自衛隊、防衛庁内部でも請求者リストが作成され、その内容が各組織のLANケーブルで回覧されていた事実も次々に発覚した。当時の防衛庁官房長は更迭され、事務次官以下29人が処分された。
この取材の過程で、大治記者はリストに記載されていた請求者を丹念に訪ね歩く。調査報道取材の「イロハのイ」を地道にこなしたのだ。また、リスト作りの違法性についても取材を進めた。法律の解説書を読み、法曹の専門家に質問を重ねる。そうするうち、リストがコンピューター入力されていた場合は「行政機関の保有する電算処理に係る個人情報保護法」に違反する疑いが強いことも突き止めた。同法4条に「必要な限度を超えて個人情報ファイルを保有してはならない」と規定されているからだ。念には念を入れて総務省個人情報保護室に日参して裏付け作業も行った。
この調査報道は「官僚組織や官僚から個人情報をどう守るか」という論点をも明確に提示することとなった。それまで何となくまかり通っていた、「個人情報を扱う公務員は善意の人」という前提。そこに強烈な疑問を突きつけ、「官に甘く民に厳しい」と批判されていた個人情報保護法案の審議にも影響を与えていく。実際、2002年12月に同法案はいったん廃案に追い込まれた。
取材を担った大治記者は本社社会部調査報道班に所属し、この報道で2002年度の新聞協会賞を受賞した。さらに翌03年度も「自衛隊募集のための住民基本台帳情報収集のスクープ」で新聞協会賞を受けている。
■参考URL
・毎日新聞社 大治 朋子 記者
・『「防衛庁リスト」報道に新聞協会賞』紙面
・単行本「個人情報は誰のものか 防衛庁リストとメディア規制」