取材相手が次々と亡くなっていく……アスベスト被害者への重い取材 調査報道で救済に道筋

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「苦しい」「痛い」…患者の苦しみにようやく救済の道

 進行すると、中皮腫は激しい苦痛を患者に与える。多くの人が「苦しい」「痛い」と訴えながら、死に向かう。当時、石綿は、当たり前のように使用されていた。使用企業の裾野は広く、発症までには相当の年数もある。患者を補償するとなれば、その認定方法や範囲はどうなるのか。企業の社会的責任をあいまいにして許される時代ではなくなっていた。一連のアスベスト報道は、政府・国会も動かしていく。労災補償の対象外となっていた一般住民や、時効で請求権を失った被害者のための「石綿健康被害救済法」が2006年2月に成立した。

 問題はこれで終わらなかった。

 厚生労働省は2005年夏、アスベスト関連疾患による労災認定の状況を公表し、04年度分として383カ所の事業所名を明らかにしていた。ところが、翌年、05年度分の公表をやめてしまったのだ。そこには、クボタショックで激増したはずの事業所情報が含まれている。「事業所名を公表すると労災認定の調査の協力が得られなくなる」というのが、厚労省の言い分だった。毎日新聞は強く批判したが、厚労省の姿勢は変わらない。

◆厚生労働省の“隠ぺい体質”に対抗 異例の5ページ特集

 対抗策として患者団体は全国の労働局を対象に、労災認定に関する情報公開請求を実施した。開示された公文書では、事業所名などが黒塗りにされている。それを一つ一つ分析し、労基署の名前などから地域と事業所を推定。それをベースとして大島氏らが事業所に取材をかける。根気を要する、地道な作業の繰り返しである。

 そうした努力が結実した紙面は、患者や支援者、報道機関の意地を見せつけるかのような展開だった。2007年12月3日朝刊。そこでなんと、5ページもの大特集が展開されたのだ。独自に割り出した520社の企業リストと業種名、疾病の数を列挙。情報公開に背を向け、アスベスト被害の発覚を遅らすかのような厚労省の姿勢についても指摘した。そして厚労省は結局、公表を拒んでいた事業所リストの国会提出に追い込まれた。

石綿を使った施工実例(環境省の資料から)

 

 大島氏は2009年度、慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所のジャーナリズム総合講座の授業で、当時の取材の重みを次のように振り返っている。

 振り返れば「よくここまで追いかけてきたな」と自分でも感じますけど、実はそんなに意識的にやってきた気はしません。では、どうしてか。取材相手がどんどん亡くなっていくのです。クボタの周りに住んでいた人、ニチアスなどいろいろな石綿工場で働いていた患者……。「あの人が亡くなった」「この人も亡くなった」「遺族が悲しんでいる」という話を聞いて、「それなのに情報を閉ざすのか」「情報を出さないとはどういうことなのか」「この実態を放置するのか」と自問しました。義務感や使命感ではなくて、反射的に体が動いた。そんな感じがしました。

 大切なことはいつも現場にあります。つまり、患者さんの病床で声を直接聞いたかどうか。あとは新聞の持つ力を活用して的確に情報を伝えること。厚労省や国がごまかしている点をゆっくり説いて、丹念な取材をしなければいけない。企業の取材もそうです。そうしたことを積み上げていけば、「これはだれがどう考えてもおかしい」ということを示せます。

 「これはおかしい。それなのに放置されている」という問題にこそ、報道する価値があると思います。何がおかしいのか、何が正しいのかを考え、取材した結果に基づいて判断する。私の場合は「厚労省が情報を閉ざしたのは、どう考えてもおかしい」と原点に戻って自分に問いかけてきました。それが一番よかったと思っています。

■参考URL
岩波新書『アスベスト 広がる被害』(大島秀利著)
単行本『「危機」と向き合うジャーナリズム』(早稲田大学出版部)

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本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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