「人間VS野生生物」をいち早く浮き彫りに 徹底したルポ「猪変」の醍醐味

  1. 調査報道アーカイブス

徹底したルポ「猪変」の醍醐味 中国新聞(2002年〜2003年)

 

[調査報道アーカイブス No.6 ]

 群馬県高崎市の人口は37万人余りで、同県最大の都市だ。JR高崎駅には新幹線も停まる。その賑やかな駅前に「イノシシが出た」としてニュースになったのは、2016年10月だった。猟友会メンバーも出動して駆除に当たり、最後は駅前の立体駐車場から転落死したという。そうした「イノシシ出没」は珍しいニュースではなくなった。それも都市部で頻繁に現れるのだ。「アーバン・イノシシ」と呼ばれ、足立区や荒川区といった東京23区内、神戸市、福岡市といった都市部にどんどん侵出している。駅前でイノシシに体当りされ、けが人が出るケースも起きた。

 イノシシと人の関係はどうなってしまうのか。この問題に早くから目を付け、現場を丹念に歩いて世に問うたのが、中国新聞(本社・広島市)の長期連載「猪変(いへん)」である。初回は2002年12月10日朝刊。次のような書きだしで始まる。

 わがもの顔でイノシシが増えている。中国山地どころか、瀬戸内海の島々にまで、すみかは広がる。「絶滅させたら、いけんの?」。振り切れそうな農家の怒りも聞こえてくる。「共生の世紀」の足元で一体、何が起きているのだろうか。あつれきが波打つ芸予諸島から、報告を始める。

 広島県の最南端、鹿島沖を並んで泳ぐイノシシが新聞に載った先月十五日。地元の倉橋町役場で、何度も電話が鳴った。
 「なんで、海に沈めんの」
 「あんな疫病神」
 農家からだった。矛先は、二頭を見つけ、鹿島に追い返した呉海上保安部の船に向いた。日本では猟期以外、野生動物を許可なく捕まえたり、殺したりできない。「法とか理屈じゃあない。恨みが言わせるんよ」。電話を取った町産業経済課の課長は、そう推し量る。

 連載はこの後、2003年6月の第6部まで続いた。瀬戸内海や中国山地といった地元の事情を丹念に歩き、現場報告を積み重ねていく。抜かりのない、新聞ルポの醍醐味が満載だ。ジビエの実態と展望、欧州での対策なども取材し、獣害問題の広がりと根深さを社会に知らしめた。当時、イノシシ問題に正面から取り組んだ一般メディアは、ほとんどなかったと思われる。「知られていない事柄を広く知らせていく」ことは、調査報道の本質だ。その点からすれば、「猪変」も優れた調査報道だった。

 中国新聞のこの連載は、今から20年ほど前のものだ。連載からかなり年月を経た2015年には単行本にもなった。イノシシの猛威はその間も拡大を続け、今ではオールジャパンの課題として認知されている。イノシシだけではない。サルやシカ、さらにはクマも。「人間VS野生生物」の戦いはさらに厳しさを増している。

 

■参考URL
単行本「猪変」
『猪変』イノシシはそこにいる!

高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

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