「ミートホープ食肉偽装」報道 告発を生かす責任

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「ミートホープ食肉偽装」報道 朝日新聞(2007年6月)

 

[調査報道アーカイブス No.7 ]

 食品関連の「表示偽装」事件は数多い。しかも、それらの相当数は関係機関やメディアへの内部告発が端緒だったと思われる。

 北海道苫小牧市に本社があった食肉加工卸業「ミートホープ」社は食品加工の大手で、複数の有名メーカーがその加工肉を冷凍コロッケやカレー、餃子などに使用していた。そこを舞台とする“事件”が発覚したのは、2007年6月20日のことだ。牛肉ミンチなどの品質表示を偽装していると、朝日新聞の調査報道が明らかにした。スクープから4日後、北海道警は不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで、本社などを家宅捜索。その後、社長は同容疑や詐欺の疑いで逮捕・起訴され、2008年3月、札幌地裁で懲役4年の実刑判決を受けた。

 事件発覚のきっかけは、同社常務だった赤羽喜六氏の内部告発だった。赤羽氏は納入先からのクレームから社長が偽装を日常的に行っていることを知る。外国産の肉を国産と偽ったり、腐った肉を塩素水に浸して再利用したり。さらには、100%牛ひき肉」をうたいながら安価な豚肉を混ぜたり、消費期限切れなのにラベルを張り替えて出荷したり……。偽装の手法は実に多様で、ありとあらゆる不正がまかり取っていた。

 赤羽氏は意を決し、社長に不正をやめるよう進言した。それでも社長は聞き入れない。ワンマン体制の社内を改革するのは困難と考えた赤羽氏は、匿名で地元の保健所や農林水産省北海道農政事務所などに内部告発した。だが、行政機関の腰は重かった。ミートホープを退職した赤羽氏は「元常務」という身分を明かした上で、偽装された牛ひき肉の実物を手に「調査してほしい」と農政事務所に迫ったものの、その受け取りも拒まれた。保健所も頼りにならなかった。

 メディア各社も同様だった。黙殺されるか、「証拠がない」とあしらわれるか。そうした中、取材に動いたのが朝日新聞北海道報道センターだった。記者たちは、赤羽氏やミートホープ退職者らに取材を重ね、告発は真実だとの思いを強めていく。しかし、「証言」だけで報道できるのか――。そこにアイデアが出た。市場に出回るミートホープの肉をDNA鑑定してもらおう、というのだ。

 記者たちは動いた。ミートホープが肉を納入している北海道加ト吉製造の「CO-OP(生協)冷凍牛肉コロッケ」などを全国各地のスーパーで購入し、専門機関へ鑑定に出した。その結果は全て「クロ」。牛肉コロッケは、実際は豚肉や鳥肉のコロッケだったのだ。何の肉か「不明」との鑑定結果もあったという。

 決定的な証拠を得た記者たちは、記事掲載の前日だった6月19日の午後、ミートホープ本社、北海道加ト吉本社、CO-OP本部などに一斉取材を行い、問題の牛肉コロッケは「ミートホープが納入した肉が原材料」との言質を取った。記事掲載後に開かれた緊急の記者会見で、ミートホープ社長は当初、「偽装は工場長の指示。容認してしまった」とごまかしていたが、工場長は否定。社長はその場で「指示したことがあります」と認めざるを得なかった。

 不正の動かぬ証拠を掴むために、「ブツ」を専門機関に鑑定してもらう―。そんな発想は当時、報道機関にそれほど浸透していなかったかもしれない。同じ朝日新聞が「大阪地検特捜部検事による証拠改ざん」を調査報道で明らかにした際、弁護団と一緒に証拠物であるフロッピーディスクをフォレンジック解析して動かぬ証拠を得たのは、ミートホープ事件の取材から3年後のことである。

 ミートホープ社は事件の影響で倒産し、100人近い従業員はその職を失った。また、この事件は内部告発の在り方にも強い影響を与えた。赤羽氏が匿名での内部告発を始めた頃、日本では既に公益通報者保護法が施行されてはいた(2006年4月施行)。しかし、法の趣旨は行政機関や社会に浸透しておらず、その狭間で赤羽氏を苦しめることになる。

 赤羽氏は事件から10年後の2017年、筆者がYahoo!ニュース特集で発表した記事の取材に際し、「やっぱり、内部告発は告発した本人の身を滅ぼすと思う。内部告発はすべきでない」として、次のように語っている。

 「自分の会社のやっていることがイヤなら、黙って辞めていけばいい。見て見ぬふりをしておくことにはなりますが」「社会のため、人のため、世のため、と言ったって、自分の身を守れなかったら何の意味もない。僕自身、こうして(内部告発によって)躁うつという病気になって、親族や知人らが離れて、自分一人になって生活してみて、つくづく思うね。僕の名前が出たことで、きょうだいたちには特に迷惑をかけました」

 とりわけ、赤羽氏は匿名告発の段階で動かなかった行政機関や他のメディアに対し、深い失望と憤りを感じていた。

 「告発しても動かない行政には、こんちくしょう、と思いましたね。僕らが持ち込んだ資料などを信じて行政が動いてくれたら、メディアに名前を出して告発する必要もなかった。ここまで痛手を負うこともなかった。その意味での憤りは大きいですね」

 本件に関する朝日新聞の記事は鮮やかな調査報道であったと同時に、行政機関やメディア全体は内部告発の扱いについて学ぶべき教訓の多い事件だった。

■参考URL
牛ミンチ偽装
ミートホープ社による食肉偽装問題に関する質問主意書
内部告発者の「誇り」と「悔い」「事件後」の日々を追って
単行本「告発は終わらない―ミートホープ事件の真相」

本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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