「KSD事件」20回も続けた執念の週刊誌報道

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「KSD事件」 週刊朝日特別取材班(2000年4月〜)

 

[ 調査報道アーカイブス No.8 ]

 「がんばれ、中小企業の皆さん」「中小企業の社長さん、信頼できるパートナー、持ってますか」と俳優の田中邦衛(故人)が呼び掛ける――。1990年代、そんなテレビCMがよく流れていた。コマーシャルの主は、財団法人「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」(通称KSD、現・あんしん財団)。その財団による政界工作が、週刊誌の調査報道で明るみに出たことがある。

 2000年4月25日、週刊朝日は5月5日・12日合併号で「KSDを食いものにする理事長の厚顔」というタイトルのスクープを掲載した。KSDは当時、会員約107万人、年間収入約250億円という巨大な財団だったが、小関忠雄理事長に私物化されているという。さらに、「ものつくり大学」の設立を目的に自民党の国会議員に対して、現金を渡すなどの政界工作を図っていると報じた。

 取材のきっかけは前年11月中旬、同誌編集部員が古い友人から「腰を抜かすような特ダネだよ」と聞かされたことだった。その話を公開資料などで裏付ける地道な取材が続く。その上で、2000年1月から本格的な取材が始まった。後に出版された「悪党と政治屋 緊急ドキュメントKSD疑獄を追い詰めた400日」(週刊朝日特別取材班著)によると、取材は小関理事長に反感を持つ複数のKSD関係者に接触を図って証言を取るなどして進み、内部資料も収集した。そうした結果、KSDの費用で建てられた「KSD会館」は小関理事長の家族らだけが使用する事実上の私邸であること、理事長の家族がKSD幹部や関連会社の社長・役員を務め、一家でKSDに巣くっている実態などが解明されていく。

 政界工作の実態は、さらに衝撃だった。KSDは労働省(現・厚生労働省)の所管財団で、労働行政に力を持つ族議員らにカネをばらまいているという。癒着が最も激しいのは元労働相の村上正邦議員。当時は自民党参院議員会長という実力者だった。また、KSDにつながる政治団体の政治資金収支報告書によれば、村上議員ら100人以上の政治家に多額の寄付がされていた。さらに、村上議員が集めたとされる自民党員のほぼすべては本人に無断で名前を借りた架空会員で、KSDがその党費を事実上肩代わり。公益法人にもかかわらず、KSDは私物化と政界工作の拠点なっていたのだ。

 週刊朝日が報じた調査報道スクープの威力は大きかった。小関一族の私物化を嫌ってKSDから去った関係者や現役職員など多数の関係者から情報が届く。KSDを内偵捜査していた東京地検特捜部の検事からも「記事について話を聞かせてほしい」と接触があった。特捜部はこの年の10月、強制捜査に乗り出し、11月には小関理事長らを業務上横領で、翌年1月には小山孝雄参院議員、3月には村上議員をそれぞれ受託収賄容疑で逮捕した。議員側はいずれも、国会質問で「ものづくり大学」を取り上げて設立を支援し、見返りに多額の現金などを受け取ったという容疑だった。

 週刊朝日によるスクープ第2弾「乱脈KSDの小関理事長が動かす100人の自民党国会議員」は、東京地検特捜部の強制捜査の直後だった。編集部は「特捜部が動いた直後のほうが記事のインパクトが大きい」と判断。じっと我慢を重ねて記事掲載を控え、材料を蓄えていたのだという。強制捜査の後は毎週のように独自記事を掲載。キャンペーンは第20弾まで続く。政権与党の有力議員などを相手に、これほど長く続いた週刊誌のキャンペーン報道はそう多くない。東京地検特捜部という最強の捜査権力と半ば“協力”し合ったという点については議論もありそうだが、元NHK社会部記者で東京都市大学メディア情報学部教授も務めた小俣一平氏は「調査報道の社会史」の中で、週刊朝日のKSD報道を「『権力』『権威』に何らかの影響を与えるという要件を満たす『特別調査報道』」に該当する、と評している。

■参考URL
単行本「悪党と政治屋―ドキュメントKSD疑獄を追い詰めた400日」(著:週刊朝日特別取材班/出版:朝日新聞社)
「調査報道」の社会史~第3回「特別調査報道」の社会的影響~(著:小俣一平)

本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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