一人で抱え込まないで 「特定妊婦」支援で守る新しい命(2018・10・12 Yahoo!ニュース特集)
「特定妊婦」という言葉を聞いたことがあるだろうか。予期せぬ妊娠や未成年での妊娠、経済的な問題などから、赤ちゃんを育てることが難しい女性たち。出産前から支援の手が必要な、そういった女性を「特定妊婦」と呼ぶ。では、なぜ、彼女たちを公的に支援するのだろうか。家庭での養育が困難に陥り、赤ちゃんに重大な影響が出る「万が一の事態」を防ぐためだ。「とにかく母子を救え」――。それを第一にしつつ、病院、保健所、児童相談所などの関係者は、どんな思いで彼女たちと向き合っているのか。現場を追った。
撮影:伊澤理江
◆本当は妊娠何週なのか
「えっ。大きいぞ。生まれるぞ」
診察室で院長はそんな声を上げたという。東京都板橋区の産婦人科病院「荘(しょう)病院」。初めて来院した女性の腹部を院長がエコー検査すると、胎児は2800グラムを超えている。推定およそ妊娠38週。父親は分からない。事情を聴くと、どこの病院にもかかっていないという。
法律では妊娠22週までしか中絶手術はできない。この女性が希望する中絶という選択肢はもうない。
週数が進んでから初めて産科医を訪れたり、一度も妊婦健診を受けないまま破水して救急車で搬送されたり。そんな実例が各地で起きているという。荘病院の出来事もその一例だった。
妊婦健診を受けないまま週数が相当進んでから初めて産科医を訪れた場合、医師はどう対応するのか。 荘病院の荘隆一郎院長(60)は、こう話す。
「経過を見ていないから、赤ちゃんに異常があるかどうか分からないじゃないですか。エコー検査は、胎児の大きさから推定で週数を割り出しているだけだから、実際は38週ではなく34週だったとか。生まれてすぐ健康上の問題が出る場合に備えて、そういった女性にはNICU(新生児集中治療管理室)がある都立病院を紹介するようにしています」
「とにかく母子を救わねばならない」と語る荘隆一郎院長(撮影:伊澤理江)
荘病院では、妊婦健診未受診の妊婦や未成年の妊婦などが来院した際、助産師の駒澤美和子さん(45)がその後をフォローする。
駒澤さんの役割の一つは、問題を抱えた妊婦に心を開いて事情を語ってもらい、産んで育てる意思があるか、その環境は適切かなどを確かめることにある。なぜなら、こうした女性たちは、予期せぬ妊娠や自らの精神的不調、経済的な困難、家庭内暴力(DV)などで困っており、相手が医療関係者であってもその事情を説明したがらないからだ。
◆背負い投げされた妊婦は……
駒澤さんによると、例えば、こんなことがあったという。
夜10時の授乳時間が終わり、廊下の電気を落として入院中の母子も寝静まった深夜。ナースステーションの外線電話が鳴った。相手は妊娠30週くらいの女性で、「おなかを打ったんですが、赤ちゃんは大丈夫でしょうか」と言う。
こんな深夜におなかを打った?
「もう少し状況を詳しく教えて」と聞くと、電話の向こうで「お酒に酔った彼に殴られ、背負い投げをされて……」と声がする。
助産師の駒澤美和子さん。母子支援への思いは人一倍強い(撮影:伊澤理江)
DV被害を進んで告白する妊婦は多くない。この時のように、深夜、酔ったパートナーから暴力を受け、胎児の状態を心配して病院に連絡して発覚することがある程度だ。
未成年、経済問題、予期せぬ妊娠、DV……。これら全てに該当している人もいる。そうした妊婦がまさに「特定妊婦」であり、病院側は事情をよく確認したうえで、支援を担う行政(保健所)に橋渡しする。
簡単には打ち明けない事情をどう聞き取るのか。駒澤さんは言う。
「世間話のような感じで入っていくことが多いですね。相手をよく見て、ガードが堅いなと感じたら、自分の話しぶりも変えます。信頼関係を築くのって本当に難しいんですよね。何度も会って信頼関係ができたら、例えば『シングルだといろいろ心配だよね。たまたま保健師さんが来ているから、一緒に話を聞いてみない?』というふうに。本当は保健師さんには日程を合わせて来てもらっているんですが、それを妊婦さんに事前に伝えると警戒してしまうんで……」
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