クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医 (2018・9・13 Yahoo!ニュース特集)
不当な解雇や復職阻止といった企業側の動きに、産業医が加担しているのではないか――。そんな疑いを抱かせるトラブルが増えている。見た目で分かりにくい「メンタル面での不調」を持ち出すかたちが目立ち、メンタル不調を未然に防ぐ目的の「ストレスチェック」を機に退職を促したり、内科の専門医が唐突に「統合失調症」と病名を付けたり……。パワハラを告発した社員をメンタル疾患と診断したケースもある。企業側に雇われる立場の産業医は、中立性や独立性を確保できているのか。
◆スマホに残された上司たちの会話
「ああいう問題児にはさあ、産業医は必要だね」
「解雇したいという会社の意をくんで、あれだけ(産業医は休職や転職するよう)言ってくれた。事前に打ち合わせをすることによって」
「やっぱり産業医はカネをもらっているからねぇ。こっちも産業医を盾に、話(を)持っていかないと」
東京都内のバス会社に勤める間島久義さん(27、仮名)が持つ、ある録音記録だ。スマートフォンに残された、今年1月の上司たちの会話だという。このやりとりは、いったい何を意味しているのだろうか。
図らずも上司らの会話が録音された(撮影:藤田和恵)
少し時間を戻し、録音までの経緯をたどろう。
間島さんは昨年秋、会社が実施した「ストレスチェック」を受けた。判定は「高ストレス」状態。そして年明け早々、産業医と上司、そして間島さんによる三者面談が行われ、その席で、異動を希望していた間島さんに対し、産業医はこう言ったという。
「このままでは間島さんがうつになる可能性があります。そうなると私の責任になってしまうので、会社を休んでください」
ストレスチェックの後、間島さんは「クビにされるかもしれない」と思い、産業医や上司らとの面談があれば、スマホで会話を録音していた。
三者面談の1週間後、上司4人との面談があり、改めて休職を命じられた。この時、間島さんは動揺のあまり、退席の際、録音スイッチをオンにしたままのスマホを置き忘れてしまったのだという。そして、スマホには、間島さんが退席した後の上司たちのやりとりが残されていた。
冒頭で紹介した録音はその一部である。
上司たちの会話はさらに続いた。
会社が産業医に毎月10万円の報酬を払っていること、お歳暮を贈ったこと、この産業医が相当数の企業を掛け持ちし、高級スポーツカーで通勤していること……。上司の1人は「ゲスな話になった」と笑いながら「(間島さんが)復職できなければ、強制解雇できるんだよね」と言っている。
◆産業医が会社と結託?
図らずも会社の本音を知った間島さんは、悔しかったという。
「僕の前では『戻って働いてほしい』『間島を守りたいんだ』と言っていたのに……。産業医も会社と結託した、クビ切り請負人じゃないですか」
間島さんは、デスクワークと、ターミナルでの乗客誘導や運行管理をこなしていた。ターミナルでは、わずかな時間差で乗り遅れた乗客の苦情などを頻繁に受けた、と打ち明ける。
「年間20件くらい。クレームが多いのは事実です。『出発時刻を過ぎています』という僕の言い方がきついというか、そっけないみたいで……。でも、定時運行は僕らの重要な仕事でもあります」
ストレスチェックを受けた昨年秋は、そうした接客にストレスを感じていたさなかだった。その後の産業医との面接では、この会社で働き続けたいし、働けると訴えた。でも、産業医は「休職して」「異動は無理」の一点張りだったという。
その後、間島さんは別の心療内科も受診した。
そこで主治医から、パニック障害と発達障害と診断されると同時に、「就労は可能」と告げられた。発達障害と知り、間島さんは「正直ホッとした」と言う。子どものころからコミュニケーションが苦手で、いじめにも遭った。その原因が分かったと思ったからだ。そして、こう訴える。
「接客なんてやりたくないと言ったわけじゃなくて、発着便数の少ないターミナルへの異動を希望したんです。実際、そうした部署で働いている人もいます。セクハラをしたわけでも、会社のカネを横領したわけでもないのに、クビはあんまりです。『休職しろ』『異動は無理』なんてほとんど業務命令です。産業医にそんなことを言う権限、あるんですか?」
休職が必要という産業医、その必要はないという主治医――。
見解が分かれても、産業医が間島さんの希望や主治医の意見に耳を傾けることはなかった。間島さんは今年1月から事実上、休職しており、この秋には、休職期間満了による退職となる可能性が高い。そうなった場合、会社を相手取って裁判を起こすつもりだという。
◆メンタルが専門でなくても産業医に
産業医の役割は、労働者の健康維持や適切な職場環境などについて、専門的な立場から助言、指導することにある。2015年からは、労働安全衛生法の改正を受けて義務化された「ストレスチェック」の実施者としての業務も加わった。
労働安全衛生法は、常用従業員50人以上の事業所に産業医の選任を義務付けている。一定規模以上の事業所には専属医が必要だが、それ以外は非常勤嘱託医でも構わない。医師であれば、専門にかかわらず、日本医師会による研修を修了するなどの要件を満たせば、産業医になることができる。日本医師会の認定産業医は約9万人だが、厚生労働省によると「実際に活動しているのは3万人ほど」だという。
ある男性の診断書。産業医には精神疾患で就業できないと言われたが、不審に思い、自分で見つけた医師を訪ねると、病気は「ない」と診断された(撮影:藤田和恵)
2015年に日本医師会が産業医に対して行ったアンケートによると、産業医1人当たりの事業所数は、1カ所が38.3%と最も多かった。一方、10カ所以上を掛け持ちする医師も3%いた。1カ月の契約額は「3万〜4万円未満」が19.5%と最多で、「5万〜6万円未満」の16.2%が続いた。
専門性はどうだろうか。
産業医の専門診療科は内科が44.1%と飛び抜けて多い。一方、精神科は4.7%、心療内科は0.5%。精神科領域の産業医は、両科を合わせても5.2%にすぎない。
*****************
この記事は「クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医」の前半部分です。2018年9月13日、Yahoo!ニュースオリジナル特集に掲載されました。取材はフロントラインプレスのメンバーで、労働・雇用問題に強い藤田和恵さん。
最近では、精神的なストレスによって職場を休んだり、不利益を強いられたりするケースがあとを絶ちません。そんなとき、産業医は本来、どんな役割を果たさねばならないのか。「産業医と会社が結託して従業員を辞めさせようとしているのではないか」といったケースを通じ、産業医について考える記事です。
全文は、Yahoo!ニュースオリジナル特集で公開されています。下記リンクからアクセスしてお読みください。Yahoo!へのログインが必要になることもあります。写真は配置などが異なっています。
クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医