実態は「労働者」なのに… 「名ばかり事業主」の苦しみとは(2019・4・9 Yahoo!ニュース特集)
働く場所も勤務時間も仕事の段取りも会社に決められている「労働者」なのに、契約上は「個人事業主」――。そんな矛盾した仕組みの下で、働かされている人たちがいる。個人事業主には原則、労働基準法が適用されないことから、残業代未払い、休憩なしの長時間労働、最低賃金以下といった「働かせ放題」が一部でまかり通っているのだ。行政に相談しても「あなたは労働者ではない」と門前払いされるケースもある。「名ばかり事業主」の現場を追った。
イメージ(撮影:穐吉洋子)
◆深夜のLINEで「通知書」
昨年12月の深夜。LINEの着信音が聞こえた。
内田加奈さん(30、仮名)がスマートフォンを開くと、「通知書」と書かれた書類の写真が添付されていた。差出人は、勤務先の美容室。内田さんの債務不履行のせいで、営業損害金50万円が生じたとし、これを相殺するため、11、12両月分の報酬を支払わないという内容だった。
内田さんは驚かなかったという。
2018年11月以降、職場では美容師十数人が相次いで辞める事態になっており、このうち3人が同様の「通知」を受けていたからだ。「ついに私のところにも来たか、という感じでした」。それぞれの金額には、50万円から100万円までの間でばらつきがあった。勤務先の会社は、東京都に本社を置き、都内と神奈川県内に十数店舗を出店している。
なぜ、こんな事態が起きたのか。
そもそもの原因は、内田さんら美容師と会社との契約が労働者としての「雇用契約」ではなく、個人事業主としての「業務委託契約」だったことにある。
この美容室は、原則12時間勤務だ。内田さんら複数の美容師によると、出勤する店舗や始業時間はあらかじめ決められ、遅刻すると、1000円の罰金を徴収された。顧客の予約も、会社側がコンピューターで管理。店長には、会計や清掃方法など40項目以上を指示する「業務確認表」が配布されるなど、美容師たちが自らの裁量でやりくりする余地は、ほとんど認められていなかったという。
女性美容師(撮影:藤田和恵)
「個人事業主」かどうかは、どのような基準で判断されるのだろうか。一般的には、①依頼された仕事の諾否を決めることができる②指揮監督を受けずに仕事ができる③勤務場所や時間を自由に選べる④他人による替えが利く――などを基に判断される。
こうした項目に照らし合わせると、自分で裁量する余地のない内田さんは「労働者」に見える。しかし、この美容室では、店長以下ほぼ全員が業務委託契約を結んだ「個人事業主」だった。
◆十数人の美容師が一斉に辞めたわけ
内田さんの会社では、美容師の契約期間は1年で、シャンプーやカラー剤などの「材料費」は自己負担だった。毎月受け取るのは、給料ではなく、歩合による委託料。交通費の支給も、労災や年金、健康保険などの社会保険の加入もない。「個人事業主だから」として残業代や休日手当、休憩もなかった。
美容師たちによると、会社側はさらに、客1人に費やす時間の短縮や、クーポン発行による価格の切り下げといった変更を、一方的に押し付けてきたという。例えば、カットは1人当たり1時間から30分、カットカラーは2時間から1時間半に変わった。インターネット上では、今も「シャンプー、カット、眉カット 6480円→3800円」などの割引クーポンが発行されている。
時間の短縮は過密労働につながり、価格の切り下げは、歩合制で働く美容師たちの報酬ダウンに直結する。美容師たちは「12時間立ちっぱなし。トイレに行く暇さえありませんでした」と口をそろえた。
相次ぐ変更に、現場は猛反発した。
それでも、会社側は「競争に勝つため、地域最安値でやる」などと言うだけ。美容師たちの不満は募り、これ以上の契約変更には応じないと主張したところ、突然、契約解除と損害金の支払いを通告されたのだと、内田さんは言う。
「美容師らの委託料は、月の出勤日数により十数万〜30万円ほど。店長クラスの場合、休みは週1回で、社会保険料などの自己負担を考えると、決して高額とは言えないと思うんです。深夜までくたくたになるまで働いた仲間をイヌネコのように平気で捨てる会社です」
契約を解除された美容師らの一部は「美容師・理容師ユニオン」(東京)に加入し、現在も残業代などを求めて会社側と交渉を続けている。
同ユニオンの栗原耕平さんによると、「店舗内のスタッフ全員が個人事業主」という仕組みの店舗が増えたのは、ここ10年ほどだという。
「経営者にとっては、社会保険料の負担や人件費の固定化といったリスクを負わずに、一定の売り上げを確保できるからです。もともとが低賃金、長時間労働の業界。美容師の側にも『独立して働きたい』というニーズがあるのも事実です。問題は、自分の裁量で働けるような、適正な業務委託がなされているかどうか。(この美容室のように)個人事業主だからと言って、休憩もなしに働かせてよいということはありません」
栗原耕平さん(撮影:藤田和恵)
◆「名ばかり事業主」、さまざまな業種に拡大
契約上は個人事業主なのに、雇用された労働者と同じように働かされる「名ばかり事業主」は、美容師業界だけではない。健康飲料や化粧品の訪問販売、IT技術者、塾講師、宅配便ドライバー、大工、集金業者……。さまざまな業種で、かねて問題とされてきた。
「名ばかり事業主」は多くの場合、交通費や社会保険料、業務に必要な経費などは自己負担だ。労働者に適用される労働基準法も「労働者ではない」という理由で、原則として適用されない。このため、実質的な労働者でありながら、最低賃金や残業代支給、労働時間の制限といったルールに守られない、無防備な状態に放置されている。
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この記事は「実態は『労働者』なのに… 『名ばかり事業主』の苦しみとは」の一部です。2019年4月9日、Yahoo!ニュースオリジナル特集で公開されました。
取材を担当したのは、フロントラインプレスのメンバーである藤田和恵さん。労働現場、とくに非正規雇用や生活保護に頼らざるを得ない人たちの間に深く分け入り、一人ひとりが置かれた状況を具体的に浮かび上がらせていく取材を得意としています。
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実態は「労働者」なのに… 「名ばかり事業主」の苦しみとは