ハザードランプを探して (2021.2.26 SlowNews)
私は2020年秋から「反貧困ネットワーク・新型コロナ災害緊急アクション」事務局長の瀬戸大作さんに密着取材している。生活困窮に陥った人々を支援する現場、そこで驚いたことの1つは「生活保護だけは嫌だ」と言う人の多さだった。
◆「生活保護だけは嫌」
コロナ禍におけるSOSは、元日の夜も待ったなしだ。
2021年1月1日、東京・千代田区の聖イグナチオ教会で開かれた「年越し大人食堂」で出来立ての弁当を配り、生活相談を受ける。会場の撤収後、「反貧困ネットワーク・新型コロナ災害緊急アクション」事務局長の瀬戸大作さんは、ひと息つく間もなく車を駆った。夜7時すぎ。都心の正月はビルの明かりも行きかう車も少ない。いつもと同じ元日の光景だが、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう今年ばかりは言い知れぬ終末感を覚える。
この日、「年越し大人食堂」を撤収しているさなか、都内に住む60代の女性から緊急アクションにSOSが届いていた。すでにガスも電気も止まり、食べるものもないという。ハンドルを握る瀬戸さんがため息をつきながら言う。
「日本全体の底が抜けちゃった感じがするよね」
小一時間で女性が暮らすアパートの近くに着いた。夜の住宅街。人通りはほとんどない。ほどなくして、杖をつきながら歩いてくる女性の姿が見えた。厚手のジャージの上下を着込んでいる。SOSの主だ。女性は不自由な脚を折りたたむようにして助手席に乗り込んできた。そしてぽつりぽつりと自身の現状を語り始めた。
コロナ対策として国民全員に配られた特別定額給付金の10万円。それが支給されて以降、収入はゼロであること、近くのスーパーで捨てられているキャベツの外葉やブロッコリーの葉っぱを食べていること、カセットコンロで沸かしたお湯を飲んで寒さをしのいでいること、10日に一度ほど銭湯に通っていること、夜は毛糸の帽子とマフラー、コートを着込んで眠っていること――。
自分を呼ぶときは「わたくし」。きれいな日本語を話す女性だった。
彼女は話の途中で、渋谷で路上生活をしていた女性の暴行死事件に触れた。
2020年11月16日の早朝、バス停のベンチに座っていた60代の女性が、男に石などが入ったレジ袋で頭を殴られ、亡くなった事件である。コロナ禍が本格化する前まで、女性は派遣会社に登録し、首都圏のスーパーで試食販売の仕事をしていた。亡くなったときの所持金は8円。ほかには電源の入らない携帯電話と親類の連絡先が書かれたカードを持っていたとされる。
「私もあと3カ月ほどでお家賃(の支払いに当てるお金)が底をつきそうなんです。あのようなニュースを耳にしますと、女性の路上生活だけは避けたいと思って連絡をさせていただきました。まさか元日の夜に来てくださるなんて……」
ひとしきり話を聞いた瀬戸さんは生活保護の利用を提案した。途端に車内の空気が重くなる。しばしの沈黙の後、果たして女性は「生活保護は考えていない」と言った。理由を尋ねると「役所に対する絶望感がある」と答え、それ以上多くを語ろうとはしない。瀬戸さんが「(生活保護は)恥ずかしいことじゃないんですよ」と促しても、女性は「役所とはお近づきなりたくないんです」とかたくなだった。
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この記事は、サブスク「スローニュース」で2021年2月末に掲載された「ハザードランプを探して」第1回の冒頭です。サブタイトルは「日本全体の底が抜けちゃった感じがするよね」。取材はフロントラインプレスの藤田和恵さんで、連載は全5回です。
リーマン・ショック以降、日本では「貧困」が大きな社会課題になりました。「非正規」「派遣」といった働き方・働かせ方が広がり、格差社会は誰の目にも明らかになりました。その流れがコロナ禍でさらに強まりました。
そうしたさなか、2020年の年末から21年のお正月にかけ、取材者の藤田さんは「反貧困ネットワーク・新型コロナ災害緊急アクション」事務局長の瀬戸大作さんに密着し、昼夜を問わず、東京を駆け抜けます。そこで見たものは何か。年末年始の雑踏の中でさまざまな人の境遇や苦悩に耳を傾けながら、藤田さんは静かなタッチで、しかし、「これを伝えねば」という思いがひしひしと伝わるタッチで綴ります。
瀬戸さんは、支援を求める人からのSOSを受けると、車で近くまで行き、ハザードランプをともして合図します。そしてSOSの発信者と車の中で話し、悩みを聞き、危機を乗り越えるためのアドバイスを行い、時には当座をしごくための支援金も手渡します。困難に陥った人からすれば、ハザードランプはほのかな希望に見えるかもしれません。連載のタイトル「ハザードランプを探して」はそこを由来にしています。
連載はスローニュースのサイトで全文を読むことができます。以下のリンクからアクセスしてください。会員登録が必要です。
https://slownews.com/stories/WwQjdAhbCSE/episodes/PihdfuPGzkQ
連載はその後、大幅に加筆修正し、「ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う」のタイトルで扶桑社から単行本として出版されました。