見果てぬ夢 日本人とナイジェリア人 2人の挑戦 (2021.3.12 SlowNews)
故郷の若者に希望とチャンスを与えたい在日ナイジェリア人のエバエロ。カンボジアでプロサッカーチームを運営していた加藤明拓。「資金を出すから一緒にやらないか」。サッカー大国ナイジェリアの子どもたちを育て、世界ナンバーワンのチームを作って、海外のトップリーグで活躍する選手を輩出しよう――。目標が一致した2人は2016年5月、無謀とも思える挑戦に乗りだした。
◆2019年8月30日、大阪千鳥橋にて
ママチャリと買い物客がせわしなく行き交う、商店街のど真ん中で、私はナイジェリア人の小学生17人に囲まれ、途方に暮れていた。「ゴートゥー、パブリックバス!」と、彼らは私に向かって、しきりに訴えかけてくる。銭湯に連れて行けというのだ。
この小学生たちは、大阪で開かれる12歳以下(U-12)の国際サッカー大会に出場するため、はるばるナイジェリアからやって来た「ナイジェリア選抜」面々である。そして、わたしは彼らの奮闘をドキュメンタリーにしようと、動画カメラを構えて起床から就寝時間までぴったりと帯同していた。
大会初日の試合を終え、宿舎の民泊に戻ってきたところで“事件”は勃発した。
17人の選手に対し、共用シャワーの水栓が1つしかなかったため、監督とスタッフがシャワーを浴び終わったところで、待ちきれなくなった選手が騒ぎ出したのだ。そんなハプニングの様子を収録しようと、カメラを向けていると、チームを率いるムリタラ監督(通称「コーチムリ」)が私のほうに駆け寄ってきた。
「ミスターキシダ。来日直後に泊まったホテルにあった、大きなお風呂に入る方法はありませんか?」
千葉県のホテルにあった大浴場のことだな、と理解した。本来であれば、この場に居るはずの在日ナイジェリア人でチーム・オーナーのエバエロさん(40)や加藤明拓さん(39)に一団を引き継げば、臨場感溢れるナイジェリア選手たちの日本滞在記が撮影できたはず……。でも、2人はあいにく、買い出しや大会の手続きのため、宿舎に戻っていなかった。選手や監督にとっては、顔見知りで日本語を話せる私が“銭湯への案内人”として唯一の適任者だったのだろう。「自分が選手を銭湯に引率するとしたら、その様子は誰が撮ればいいんだっけ?」。そうと考えていると、早くシャワーを浴びたくてたまらない選手たちが「ゴートゥー、パブリックバス!」とさらに声を上げはじめた。
宿舎のエントランスから押し出されるように、商店街へ出た。銭湯の場所をスマホで検索する。それが冒頭のシーンである。
ドキュメンタリー取材では、取材者がいかに相手の懐に潜り込むかが重要とされている。取材対象者の信頼を勝ち得て、取材以外の頼みごとをされるのは、ドキュメンタリー監督にとっては光栄なことかもしれない。何だかよくわからない展開だが、とりあえず選手を銭湯に連れて行ってやろう。カメラは回せる範囲で回せばいいや……。そう開き直り、商店街を歩き始めた。
◆「パブリックバス!」
銭湯に向かう道中、選手たちは終始上機嫌だった。昼間の試合で対戦した相手チームの選手が、得点後にバイクのエンジンを噴かすようなパフォーマンスをしていたのを真似て、DFのレイモンド選手が両腕を前に突き出し「ヴォン、ヴォン!」と歌いはじめる。みんなもそれにつられて、歌い始めた。
昭和の面影を残すアーケード商店街を「ヴォン、ヴォン!」という賑やかな一団が闊歩していく。往来する買い物客たちが、突然現れたナイジェリア人小学生の姿に驚きの目を向けてくるが、彼らの陽気な振る舞いを見るうちに、みんな笑顔に変わっていく。
3分ほど歩くと「梅香温泉」という地元の銭湯の看板が視界に入った。
「ほら、あそこだよ」
私が銭湯の入り口を指さすと、先頭にいた2人の選手が「オォー!!」と歓声を上げながら勢いよく走り出した。残された10数人の選手たちも、肩に掛けたタオルをなびかせながら、一目散に銭湯の入り口へと向かっていく。慌てて、彼らを追いかけて、一足遅れで銭湯ののれんをくぐると、番台の周辺に殺到して歓声を上げる選手たちと、引きつった表情の番台のおっちゃんの姿が同時に見えた。
番台のおっちゃんは必死に「あかん、あかん。ストップ、ストップ。先にお金払ろてもらわな。マネー、マネー」と声をはり上げている。選手たちは、おっちゃんの慌てぶりなど全く意に介さない。タオルを握りしめた拳をガッツポーズのように高らかに挙げ、「サンキュー!」「パブリックバス!」など、めいめいに声を上げながら、脱衣場へと突き進んでいく。
困り果てたおっちゃんが、後からやって来た私を見つけた。
「あんた、この子らの引率者か?ちょっと、何とかしてんか」
「あー、僕が引率者です。ごめんなさい。驚かしてしまったみたいで……」と詫びながら、人数分のお金を精算した。おっちゃんがようやくホッとした表情で「急に、びっくりしたがな。ほかのお客さんも来るから、ちゃんと行儀も教えたってや。引率の先生、頼んまっせ」と念押しされた。
ナイジェリアの子どもたちと筆者(右端)
ナイジェリアの子どもたちの取材を始めて3年半。最初は選手たちとの距離を一歩でも詰めようと、試行錯誤を繰り返していたが、今日に至っては、選手の方から声をかけられ引率の先生に任命されてしまったようだ。
**********************
この記事は「見果てぬ夢 日本人とナイジェリア人 2人の挑戦」第1回の冒頭部分です。2021年3月12日、サブスクの「スローニュース」で公開されました。記事の全文は同サイトで読むことができます。下記のリンクからアクセスしてください。会員登録が必要です。
https://slownews.com/stories/jbX8Bmm_nrc/episodes/BFDr5s6g1e4
ナイジェリアのスラム街に誕生したサッカークラブ「イガンムFC」。アフリカでナンバーワンのチームになろう、世界で通用するチームになろう。そんな夢を掲げて、日本人の実業家とナイジェリア人がタッグを組んだ。そして、まず、イガンムFCのU-12が世界大会への参戦を決めたのである。大会には、FCバルセロナやバイエルン・ミュンヘンといった世界に名だたるビッグクラブのジュニアチームも参戦した。全員、外国は初めてというナイジェリアの子どもたち。スラムで育った彼らは世界で戦えるのか? 挑戦の行方はどうなるのか?
イガンムFCの発足当初からチームに密着するのは、フロントラインプレスの岸田浩和さん。ユーモアあふれるエピソードをふんだんに盛り込みながら、挑戦物語は続きます。2021年9月現在、連載は第6回まで公開。さらに続きます!