「大人のいじめ」を根絶せよ! 職場でのいじめ・パワハラ根絶に挑戦するNPO法人「POSSE」理事・坂倉昇平さん(38)

  1. オリジナル記事

◆いじめ・パワハラは「介護と保育の現場」に多い

 坂倉さんは著書『大人のいじめ』の中で、保育や介護職場でのいじめについて12の実例を挙げてその実態を指摘している。東京都産業労働局の「東京都の労働相談の状況」によると、職場いじめ相談の20年度の集計では「医療・福祉」の業界から寄せられた相談が1480件で最も多く、2位の「卸売業・小売業」や3位の「情報通信業」に2倍以上の差をつけている。

 病院などからのいじめ相談も多いんですが、やはり介護と保育の現場からの相談が圧倒的です。メールも頻繁に届きます。メールには相談内容とともに、基本給などの労働条件も書いてもらうのですが、多くは最低賃金ギリギリで働かされ、結構な残業を重ねているのに、月に数千円程度の固定残業代になっているようなケースが目立ちます。子どもやお年寄りをケアするという、社会の根幹を支える大切な仕事なのに、会社は利益を出すことを最優先にして職員数を抑えて、劣悪な待遇の中で職員たちの鬱積した不満がいじめという形で顕在化していることが伺えます。子どもたちのためにとか、お年寄りのお世話をしたいとか、志を持って入った人たちの思いをくじくような職場環境ばかりではないか、と。

 保育士さんからの相談では、幼児を虐待している先輩職員の行為を園長に報告したら、それがきっかけで徹底的に同僚から無視されるなどのいじめにあったといった事例もあります。少ない職員で多くの園児の面倒をみなければいけない職場では、大声で園児を説き伏せ、園児を暗い部屋や囲いに閉じ込め、「おしっこ」と訴える声も無視する保育方針が、『合理的』だったのでしょう。でも、自らの良心に従い、子どものために「放っておけない」「何とかしなければ」と思って報告したら、その報告する行為こそが会社の方針に反していて、経営に服従しない『不適格者』になってしまうのです。

 保育も規制緩和によって株式会社が参入できるようになって変わりました。保育士の人件費などに充てられるはずの運営費が株主配当などにも使えるようになって、現場は人件費を含めてコストカット一色です。職員の数を減らしたり、保育士の給与を削減したり、利益追求を最優先にする姿勢は強まるばかりです。職業倫理をしっかり持って自律的に働きたいなどと思っても、経営者がお金儲けを一番に考えるから、そんな思いは日々砕かれるだけで、職員同士が互いに互いを締め付けるような関係を強いられている、そんな絶望的な声が相談窓口に殺到しています。「ケア」というお金儲けと矛盾する分野が、市場の論理によって食い荒らされ、子どもたちや高齢者の命まで脅かされているのです。

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◆“大人のいじめ”を根絶する方法は?

 職場に蔓延するいじめやパワハラに歯止めをかける解決策はあるのだろうか。坂倉さんは相談業務を通し、光明を見出しているのだろうか。

 製造業を中心とする経済成長が行き詰った後、日本では衰退する製造業に代わって広い意味でのサービス業が拡大しました。小売りや外食、規制緩和で介護や保育といったケア事業もサービス業の重要な一角を占めています。ですが、こうした労働集約的なサービス業は技術革新で生産性が上がるというようなことはなく、労働者をひたすら『長く、安く』働かせることで利益を上げる構造になっています。この国の経済は、この20年、30年間、労働者の使い潰しに依存するという一本槍で延命を図ってきたんです。

 そして、労働者は過酷な労働環境のもとで『使えるやつ』『使えないやつ』に選別され、互いに分断されていく。『使えないやつ』は職場いじめの対象になってしまう。会社の方針に従順な『使えるやつ』にしても限界まで働かされて使い捨てられる人が大半です。日本の経営者たちはまだまだ、労働者を絞り続けるでしょう。それで利益を上げることは、労働者の抵抗がない限りは、非常に安易なやり方で楽な道です。新しい技術革新も人材育成の努力も要りません。

 

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 いじめやパワハラがこれ以上広がらないためには、それを生み出す長時間労働や残業代未払いなどの過酷な労働について、さらにはこの国の経済のあり方について、『これはおかしい』と声を上げていくしかないでしょう。いくら国や企業のトップが『働き方改革』と旗を振っても、現場レベルでなし崩しにされ、ごまかされることが大企業でもざらにあるし、それを上層部もほぼ黙認している。長時間労働にしろ、残業代未払いにしろ、水面下ではほとんど実態に変化がないという職場は多いです。違法労働の手口が巧妙になっただけ。働き方改革の表面を繕うために、現場ではむしろハラスメントが増えたという職場も多いようです。

 でも、そうした中でも『やっぱり会社の方針はおかしい』と一歩踏み出す人は確実にいるんです。例えば、介護や保育で働いていて、「利用者にとってこれはさすがにまずい」「会社の利益より大切なことがある」と意を決して、相談に来る人はいるんです。現状を何とかしたいんです、と。そうした職場や社会への違和感を大事にして、権利を十分に行使できるよう支援をするのが私たちの役目です。基本的に会社と闘うことになるわけですが、そうした姿勢を持つ労働者の文化が広がっていけば、職場も社会も変わっていくはずです。

 

◆「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」

坂倉さんは最後にこんなことを語ってくれた。

 熊沢誠さんという著名な労働研究者が、『民主主義は工場の門前で立ちすくむ』という本を、ちょうど私が生まれた1983年に書かれています。日本の労働者は自らの生活のために経営の論理を積極的に内面化して、職場において人権や民主主義が沈黙させられてしまうという内容の論考が収められており、私が強い影響を受けた本です。でも、僕らが直面してる現状を見ると民主主義や人権どころか、最低限の価値観すら、会社や職場の方針に疑問を抱く意識すらもはく奪されてしまっているような気がします。

 

POSSEの活動の一場面(写真は一部修正しています)

 

 あの本が出版されてからの約40年で、日本はどれだけ後退してしまったのかと思いますね。経済成長期はまだ、雇用は保障されているからとか、給料は上がっているからとか、そういうことである程度の妥協ができたかもしれませんが、それらがなくなっているのに服従や従属することだけが残り、労働環境は過酷さを増す一方になっています。私たちのもとには、労働相談の当事者はもちろんのこと、働く人たち人を支援したいという学生や若い社会人のボランティアも増えています。15年間の私のPOSSEの経験の中でも見たことのない勢いです。そうした新しい世代とともに一緒に声を上げ、よりよい社会に変えていきましょう、と呼びかけたいですね。

★坂倉さんが理事を務めるNPO法人「POSSE」は現在、過労死家族による労災補償の申請に向けて、サポート体制の拡充を目指したクラウドファウンディングへの協力を呼び掛けている。期限は2021年12月26日まで。詳しくは https://camp-fire.jp/projects/view/523589

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本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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