「検証・地位協定 不平等の源流」 日本政府の機密文書をすっぱ抜く

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「琉球新報に漏らした犯人」を徹底的に捜す外務省

 この報道があった後、外務省は大騒ぎになった。琉球新報には「国家機密の開示は米国との信頼関係に重大な影響を与え、外交上大きな障害となる」との抗議が寄せられ、省内では「情報漏洩者を見つけ出し、守秘義務違反で処分する」との動きが強まった。

 この動きを知った琉球新報は紙面で対抗する。第一報から2週間近くが経過した1月13日、なんと「ー考え方」の全文を紙面に掲載し、沖縄県内にばらまいたのだ。先日までの「秘 無期限」が沖縄では戸別配布ビラのように広く知れ渡ったのである。連載企画「検証・地位協定 不平等の源流」もスタートさせ、この年の6月末までの計56回も続けた。日米間の不平等を「外交機密」の枠の中に閉じこめ、沖縄の声に真剣に耳を傾けようとしなかった日本政府に向かって、調査報道の成果をぶつけたのである。

沖縄の米軍普天間飛行場=2018年(撮影:高田昌幸)

◆情報源を守って守って守り抜いてスクープ

 前泊記者はどうやって「ー考え方」という機密文書を入手したのだろうか。そのプロセスを公にしても良いという前提で、筆者(高田)はかつて、前泊記者から取材経緯を詳細に聞き取った。それによると、「ー考え方」という文書の存在を察知してから報道までに7〜8年を要したのだという。文書自体を所持している官僚も数人しかいない。

 地位協定の問題が出てくるたびに、外務省が作った「地位協定の考え方」という文書があるらしいという話を聞いていました。でも、聞いただけです。「どこかにある」と人は言うけれど、機密文書だから見た人はいない。ツチノコ伝説とかネッシーのようなものです。見つかれば大発見ですが、見たという人はいてもまだ現物がないという話でした。
 しかも、持っている官僚は数人らしい。その数人以外のところから入手できないと、この報道はできません。すぐにネタ元がばれますから。「ー考え方」は報道までにというより、カムフラージュに7〜8年かかったと思えばいいです。文書を入手してから外に出すまでに、それぐらいかかっています。
 実は、最初に入手した「ー考え方」には、欠落がありました。その段階で表に出せば、欠落部分からネタ元が特定される可能性がありました。欠落を埋めなければいけないわけですね。その作業をして、全文のかたちにするのに時間がかかりました。
 また、コピーをそのまま表に出すと、文書の汚れ、染み、書き込みがあったら、情報源を限定されるのでアウトです。だから、入手した文書の打ち直しも必要でした。オリジナルは絶対外に出しません。文字の欠けや文字ずれがあります。文字ずれを特定すれば、出どころがわかります。それらのカムフラージュ作業が膨大にあって……「ー考え方」を複数入手する必要もありました。(情報源が特定されるので)1冊では困ります。ものすごく手間ひまが掛かりました。

 前泊記者に限らないが、とくに前泊記者は「取材源を守ることがいかに重要か」を力説した。

 調査報道で大事なのは、ニュースソースを守ることです。このスクープではペーパーをくれた人はいない形になっています。いいですか? だから、ニュースソースはいません。これがとても大事なことです。
 取材源を守ることは本当にたいへんです。守れなかったら、その瞬間、僕の職業は終わりです。防衛省や外務省は、職員と記者の交友関係などを徹底的に調べます。役所の幹部たちは「前泊さん、あなたが関係した防衛省の担当は誰々誰々、外務省時代の担当課長は誰々誰々、安全保障課の人は誰々誰々、この中に犯人がいることはわかっているんです」と全部洗ってきます。肝を冷やしたことは何度もありました。

 それでも前泊記者の情報源は当然、一度も露見したことがない。時には“大技”を使って、省庁側の犯人捜しを止めさせたという。“大技”とは別の機密文書のことを指す。つまり、入手済みであり、かつ、まだ報道していない機密文書の存在を相手に暗に示しながら、自分の情報源を捜すような行為を中止しないと、こっちの機密文書も報道するぞ、と迫ったのだという。すさまじいばかりの迫力と伝え続けることへの執念を感じさせる。

2004年8月、米軍ヘリが沖縄国際大学の校舎に激突し、大破する事故があった。それを伝える同大学の掲示板=2018年(撮影:高田昌幸)

 

 この「ー考え方」をめぐる報道は2004年の新聞協会賞の最終選考に残り、その最終選考会には在京メディアの編集局長ら5人が審査会委員として出席した。私の手元にある議事録によると、委員の1人だった全国紙の編集局長は「琉球新報がスクープした後、どこの新聞もフォローしていない。そういう程度の話だった」「他紙が追随しなかったのは、大特ダネでなかったことの証左」「政府も大変な秘密を暴露されたという意識もなかった」と発言している。この意見には他の委員も同調した。

 全国紙の編集局長が“自分たち全国メディアが追わなかったから大したニュースではない”と言ってのける神経には驚くほかはない。琉球新報のこの調査報道スクープは選外になった。

■参考URL
単行本『検証「地位協定」日米不平等の源流』(琉球新報社・地位協定取材班)
単行本『日米地位協定の考え方 外務省機密文書』(琉球新報社)
単行本『権力VS調査報道』(高田昌幸・小黒純編著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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