隠す厚労省、追う調査報道取材/「戦没者遺骨取り違え公表せず」スクープの裏側

  1. 調査報道アーカイブズ

◆非公開の「DNA鑑定人会議」の存在をつかむ シベリアでも隠蔽

 「スクープがうやむやにされてしまった」―。このままでは終われないと思った木村氏は新たに取材班を結成し、取材を続けた。関係者と接触する中で、「遺骨の取り違えはフィリピン以外でもある」という証言に加え、この問題のカギを握る「DNA鑑定人会議」という非公開会合の存在を知った。戦没者の身元を特定するため、2003年度から開催されている会議だ。しかも、その会議では「遺骨の取り違えがたびたび指摘されている」といった証言も得た。

 取材班のメンバーは全国を回って関係者と会い、ついに非公開会議の議事録の一部を入手した。そこには2018年8月の会議の席上、厚労省がシベリアで収集した16人分の遺骨をめぐって専門家が「すべて日本人ではない」との鑑定結果を示していたという事実が明記されている。厚労省はこの事実を発表していないことも明らかになった。

 取材班は2019年7月29日、シベリアでのルポを交えて全国ニュースで報道。8月5日には、2017年のDNA鑑定人会議でも「シベリアの別の埋葬地で収集した70人分の遺骨が日本人ではない疑いが指摘されていた」ことを報じた。

ロシアでの遺骨収集作業(厚生労働省のHPから)

 

◆「隠された事実はないか、説明に矛盾はないか」を繰り返す

 そこに至っても厚労省の姿勢に大きな変化は見られない。報道を過小評価したり、「NHKはまだこの問題をやるのか」と探りを入れたりする程度だったという。ただ、一連の報道によって、新たに幾人もの関係者が取材に協力してくれるようになった。そして遂に、DNA鑑定人会議の全貌が分かる膨大な書類を入手した。2005年から2019年までの会議で、複数の専門家が計15回にわたって遺骨の取り違えを指摘していたという決定的な事実が文書に残っていたのである。

 こうした内容を2019年9月12日のニュースで報じると、厚労省はようやく態度を一変させた。翌日、加藤勝信・厚労相(当時)は、遺骨収集事業の問題点を検証する考えを初めて表明。9月19日には「シベリアで収集した597人分の遺骨が日本人でない可能性がある」と言及し、このうち336人分の遺骨は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められたままであることも明らかにした。翌2020年5月になると、遺骨の科学的に鑑定する組織の新設など、従来の収集や鑑定の方法を抜本的に見直す計画も発表になった。3年に及んだ取材の成果が、政府に誤りを認めさせ、その姿勢を変えさせたのである。

 木村氏は新聞協会賞受賞に際し、日本新聞協会のサイト「ジャーナリズムの力」に「取材を振り返る」と題して寄稿し、最後をこう締めくくっている。

 不都合な真実を隠し、論点をはぐらかし、真実から国民の目を遠ざけようとする。こうした行政の対応は、今回の問題に限ったことではない。現場を駆けずり回って物証を探し、説明の矛盾を突き、続報を重ねる。こうしたジャーナリズムの基本を地道に繰り返さなければ事態は動かないことを、今回の取材であらためて思い知らされた。隠された事実はないか。その説明に矛盾はないか。新聞協会賞の名に恥じぬよう、今後も取材を続けていきたい。

■参考URL
日本新聞協会「粘り強くタブーに迫る」(NHk木村真也氏の寄稿)

 

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本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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