1000人の声が支えた「かんぽ生命保険不正販売」報道

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「かんぽ生命保険不正販売問題」西日本新聞(2018〜2019年)

 

[調査報道アーカイブス No.3 ]

 かんぽ生命保険の販売をめぐり、全国の郵便局で不正契約が大量に行われている――。日本郵政グループを揺るがした「かんぽ生命不正」は、その規模や組織ぐるみだった点において、まれに見る企業不正だった。それを明るみに出したのは、福岡市に本社を置く西日本新聞の調査報道である。

 調査報道のきっかけは2018年8月、同社編集局の「あなたの特命取材班」(あな特)に寄せられた一通のメールだった。「あな特」は読者の疑問について、記者が取材して答える仕組みで、同社はこれを「オンデマンド調査報道」とも呼んでいる。

 そのメールの内容は、暑中・残暑見舞いハガキの販売ノルマがきつく、「自腹で購入する郵便局員もいる」という内容だった。メールを見た社会部の宮崎拓朗記者はそれほど大きな問題だとは思わなかったと自社サイトで明らかにしている。営業なら程度の差はあれ、ノルマは付き物だからだ。メール主に話を聞き、8月31日朝刊に「かもめーる 悩めるノルマ」という記事を載せた。思わぬ展開が始まったのは、そこからだった。

 同じようにノルマに苦しむ郵便局員からの告発メールが途切れないのだ。「かんぽ保険のノルマはもっときつい」「保険の不正販売している局員もいる」「高齢者をだまして保険を売っている」――。そんな内容が続々と届く。

 情報提供者と会って詳しい話を聞き、かんぽ保険をめぐる不正な販売実態を証明する書類の提供を求めた。そして、半年ほどの時間をかけて、ようやく内部資料を入手。すると、そこには、認知症の高齢者らに不当に割高な契約を結ばせるなど違法営業の事例が赤裸々に記載されていた。契約させられた認知症の女性に取材すると、1年間に11件もの保険に加入させられ、月の保険料は25万円にも達していたことがわかった。

 一方、郵便局員らもまた苦しんでいた。「本当はやりたくないが、重いノルマを課せられてやむを得ず不正をしている」「営業成績が悪ければ懲罰研修に出され、厳しい指導を受けなければならない」。取材に対しては、そんな答えが続いた。

 宮崎記者らはその後も丹念に取材を続け、2019年3月18日朝刊で、かんぽ不正の決定打とも言える調査報道記事をスクープとして掲載した。違法営業68件、内規違反は440件。西日本新聞が独自の裏付け取材で得た組織ぐるみ不正の一端である。この記事はYahoo!ニュースにも掲載され、さらに大きな反響を読んだ。普段はあまり新聞を読まない若い世代や九州・福岡を遠く離れた本州各地からも情報提供のメールがどっと寄せられたのだ。そうした情報提供は共通して「過剰なノルマが不正の背景にある」と指摘しており、問題の本質は組織自体にあることをうかがわせていた。

 一連の内部告発や情報提供は結局、計1000件以上にも達したという。当の郵便局員らだけなく、顧客からの情報提供も相当数に上った。まれにみる大規模な企業不祥事。それを余すことなく示した調査報道は、取材と情報提供の絶え間なき好循環が原動力だったと思われる。

 西日本新聞は2019年7月、かんぽ保険料の二重払い問題も特報した。「かんぽ生命 保険料の二重徴収、二重払いが2万2千件」というスクープである。他の新聞やテレビもこの頃になると、かんぽ不正問題を大々的に報道するようになっていく。

 最終的に日本郵政グループは約2000万人が保有する全契約3000万件について、加入者への不利の有無がないかどうかを調査する事態となり、かんぽ生命の販売自粛などに追い込まれた。そして翌2020年1月にはグループ3社(かんぽ生命、日本郵便、ゆうちょ銀行)のトップがそろって辞任した。新社長に「日本郵便グループ全社にとって創業以来、最大の危機」と言わせた事態は、まさに現場や顧客らの「1000の声」がもたらした結果だった。

 一連の報道で西日本新聞の宮崎記者は第20回石橋湛山記念早稲田ジャーリズム大賞を受賞した。その授賞式で宮崎記者はこう言っている。

 「もともと国の事業であり、民営化された今も身近なインフラである郵政事業で、利用者が騙され従業員が苦しめられているという実態がわかり許せない思いでした。相手は国内有数の大企業なので、そう簡単には不正を認めるとは思えませんでした。何か月もかけて関係者に接触し、証言や内部資料を手に入れていきました。これに加えて、LINEなどのSNSでも情報が寄せられ、その数は1000件に上りました。このように昔ながらの取材手法に加え、新しい情報収集の手法を組み合わせることで、十分な証拠が集まり、今回の成果につながったのではないかと考えています」

■参考URL
「声なき声が、巨大組織に風穴」 かんぽ不正販売問題を宮崎記者に聞く。(あな特)
「かんぽの不適切営業問題」(西日本新聞)
【公共奉仕部門 大賞】かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道 (西日本新聞)

本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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