「首長選挙はないほうがいい」村長が公言する大分県「姫島」のいま

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「首長選挙はないほうがいい」村長が公言する大分県「姫島」のいま(2018・11・28 Yahoo!ニュース特集)

 首長選挙は「住民自治」「民主主義」と表裏一体だから、絶対に欠かせない――。そんな常識を覆す村が大分県にある。国東半島沖の瀬戸内海に浮かぶ姫島で、島がまるごと「村」だ。人口約2000人のこの村では、2年前の2016年まで60年以上も村長選挙がなかった。かつての村長選で島民が二分された経験から、無投票で村長が選ばれる独特の風土が生まれたという。その2年前の選挙でも、現職の藤本昭夫村長は当選後、「選挙はないほうがいい」と語った。あれから2年。選挙は本当にないほうがいいのだろうか。

「小さな自治体での選挙戦はよろしくない」と現職町長。地元紙に掲載された(撮影:田之上裕美)

◆無投票で親子2人が村長を半世紀以上

 2018年9月中旬、姫島村を訪れた。

 国東半島の伊美港からフェリーで約20分。クルマエビをはじめとする漁業が盛んで、自然環境に恵まれた小さな島だ。村民の雇用確保のために公務員の給与を最低水準に抑える一方、その数を増やす「公務員ワークシェアリング」を実践する村としても知られている。公務員数は人口の約1割にものぼる。
 面積約7平方キロメートルの島には、信号がたった一つしかない。「島民=村民」はほとんどが互いに顔見知り。道を歩いていても、島民同士は気軽に会釈や会話を交わしている。

 きれいに舗装された道路には最新鋭の電気自動車が行き交っていた。観光客や釣り客向けだ。村はIT企業の誘致にも力を入れているのだという。
 港の周辺で会った初老の男性は、島の歴史に詳しいという。雑談の後、「村長選挙の歴史を教えてほしい」と切り出すと、明らかに様子が変わった。上唇がひきつったようになり、言葉が出てこない。村長選挙については、ここでは語れないのだという。

 姫島村では、1957年の村長選から対立候補が出る選挙戦が行われず、無投票で村長が決まっていた。その後、2年前の選挙まで、16回連続で村長は無投票当選だった。「16回連続」は全国最多だという。そのうち15回は親子2人によるものだ。
 現職の藤本昭夫氏(75)は8期連続。その前は、藤本氏の父・藤本熊雄氏(故人)が7期連続で務めた。親子2代で半世紀以上もの間、村政を率いてきたのである。

◆現村長「選挙は住民を分断。これからも無投票で」

 無風状態に波が立ったのは2016年10月のこと。対立候補の出馬が決まり、ついに村長を住民の投票で選ぶことになったのだ。その選挙で大勝した現職の藤本昭夫氏は当選決定後、報道陣に対し、こう語ったのである。

「小さな自治体での選挙戦はよろしくないとの意を強くした。住民の分断を生むからだ。これからも村長選は無投票の形にもっていきたい」

 もちろん、姫島村の住民たちは、投票経験ゼロではない。国政選挙などでは毎回、大勢の住民が投票所に出向いている。2017年の衆院選は投票率79.91%。16年の村長選でも投票率は88.13%に達した。政治への関心はむしろ高いのかもしれない。それでも、「村政」を大っぴらに語る雰囲気はほとんどないという。

 姫島村議会の議員8人のうち、最年少の山下大輔さん(45)はこう解説する。

 「狭い世界じゃないですか。島ですし、村ですし。選挙権を持っている人は、さらに少ない。選挙後のしがらみや、村が二分されることへの懸念は村民全員にあるんです。だから(村民には)選挙はないほうがいいし、選挙については語りたくない、というのが本音かもしれないです」

 ――山下さん自身はどう思いますか?
 そう問うと、山下さんはこう答えた。
 「(国政選挙など)選挙自体はあったほうがいい。そうでなければ、先に手を挙げた人が勝つことになってしまう。だけど、(61年ぶりに対立候補が出た)村長選挙に関してはないほうがよかった。村民(の気持ち)をかき回しただけでした」

姫島村の日常。高齢者が多い(撮影:田之上裕美)

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末澤寧史
 

ライター、編集者。

1981年、北海道札幌市生まれ。兵庫県西宮市在住。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 書籍、雑誌、Webニュースなどで異文化理解につながるテーマを多く取材している。

【共著】
 
   
 

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