不思議な裁判官人事

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不思議な裁判官人事 (2021.4.28 SlowNews)

 原発関連訴訟をはじめ、国の責任を認める判決を出した裁判官のその後が気になる。「国敗訴」にした裁判官は左遷される説が噂されているからだ。そこで、膨大な判決資料と格闘し、大学教授の協力も得て調査を進めてみた。調べるほどに、謎が出てきた。

◆国を負かした裁判官は左遷される

 都市伝説がある。

 原子力発電所に関わる判決で運転の差し止めを認めたり、原発事故での国の責任を認めたりするような裁判官は左遷される、あるいは定年退官間近にならないとそんな判決は書けない、というものだ。端的に言えば、「原発の裁判で原告を勝たせると左遷される」である。こうした「噂」は、原発訴訟に携わっている原告や弁護士、取材記者たちの間でときどき話題になる。けれども、なんとなくそう感じるというだけで、これまで事実関係を確かめたという話は聞いたことがない。根拠がないから「噂」というのであって、もし、裏付けがあれば、「裁判官が電力会社や政府におもねっている」ことになるので、もはや事件である。新聞の1面トップ級、文春砲並みの破壊力である。
 噂の種になる話はちょこちょこ、途切れずに出てくる。

◆大飯原発再稼動を認めなかった樋口裁判官の場合

 ここ数年の間にも、いくつかの出来事があった。
 1つは「原発の運転差し止めを認める判決を出した裁判長の異動先がおかしい」という話である。その裁判官の名前は樋口英明。福井地方裁判所で裁判長だった時、2014年に関西電力の大飯原発3、4号機の再稼働を認めなかった。2015年には同じ関西電力の高浜原発3、4号機の運転を差し止める仮処分を認めた。読売新聞も朝日新聞も、全国紙が揃って1面トップに据えた判決を短期間に2度も出したのだ。
 そして2度目の判決後、すぐに、名古屋家裁の裁判長に異動した。地裁裁判長から家裁裁判長の異動には降格のようなイメージがある。それが噂の原因になり、たちまち「左遷だ」という投稿がSNSで飛び交った。

 当の樋口はどう考えていたのか。

 2017年に裁判官を定年退官した樋口は、翌年、北海道新聞のインタビューに応じ、原発の運転差し止めを認めたことに触れて、「葛藤はなかった」(2018年12月25日)と述べている。名古屋家裁への異動原因についての言葉はないが、家裁で扱った離婚問題などについては「子の親権者を父母のどちらにするかを決めるのはすごく難しい。国全体から見れば小さな問題かもしれませんが、そっちのほうがよほど悩みました」と語っている。

 このインタビューを読む限り、樋口本人に家裁への異動を気にしている様子はない。「左遷」話は単なる噂に過ぎなかったとように見える。それに、福井地裁での2度目の判断は、名古屋家裁への異動が決まった後に出されたものだ。直接の因果関係は読み取れない。
 では、裁判官全体を見渡したら、どうなるだろうか。
 国や行政側を敗訴させた裁判官と、その裁判官のその後の人事。双方には因果関係があるのか、ないのか。都市伝説は根も葉もないただの噂なのか、それとも根拠になった事実があるのか。

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木野龍逸
 

フリーランスライター。

1990年代からクルマの環境・エネルギー問題について取材し、日経トレンディやカーグラフィックなどに寄稿。 原発事故発生後は、オンサイト/オフサイト両面から事故後の影響を追いかけているほか、現在はネット媒体や雑誌などで幅広く社会問題をカバーしている。  

 
   
 

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