◆“生体実験”の731部隊との関係 それを暴く調査報道専門チーム
ミドリ十字が男の死を葬っているとの情報を得て、取材班はまず、ミドリ十字の元役員に会った。「元」への接触は、この種の取材では定石だ。大阪・梅田の寿司屋で会った「元」は、確かにそういう出来事があった、後始末に奔走した人物が社内で出世した、といった内情を明かす。
それ以降の本書の記述は、第一級のストーリーだ。さしたる確証もないまま、キーパーソンに先に取材して失敗してしまう様子、警察から変死事件発生報告書を入手するくだり、隠ぺい工作に携わった医院への取材……。ミドリ十字事件の現場に連れて行かれ、記者に同伴したかのような気持ちで取材のリアルを知るうち、事件の背後では731部隊の関係者が亡霊のように立ち上がってくる。そして、最後は人工血液の開発過程でのデータ偽造に取材は進む。
一連の取材プロセスを惜しみなく明かした「偽装」の巻末には、編集局遊軍の初代キャップだった佐倉達三氏が「調査報道と編集局遊軍」と題する小論を寄せている。計15ページに及ぶ文章の中にこんな記述がある。ウォーターゲート事件報道やペンタゴン・ペーパーズ報道など米国発の調査報道が各界に大きな影響をもたらし、「調査報道」という言葉が日本でも脚光を浴び始めた時期に書かれたものだ。
ベテランのジャーナリストに調査報道の成果を縷々説明すると、たいてい不快な顔をする。その不機嫌さは、調査報道がオールドジャーナリズムに対するニュージャーナリズムと同根のものとして語られたとき、いっそう顕著になる。そして「報道とは、そもそも調査的なもの。調査報道などとことさらに言うのは、自分たちの日頃の不勉強を白状しているようなものだ」と、きつい言葉が返ってくる。だが今日、先輩ジャーナリストの皮肉にもかかわらず、調査報道がその功罪をふくめ、ことさら論議されるのは、どうしてだろうか。それは複雑、多様化する社会の中で、特に巨大化する一方の公権力に対し、新聞がこれまでと同じ取材、調査方法をとっていたのでは、国民の「知る権利」に応える真のニュースを提供できないと感じているからに違いない。
時代の違いを差し引いた上で読み通せば、佐倉氏の一文は実に示唆に富む。それどころか、記者クラブ制度に絡めとられた「発表報道」の問題点、調査報道の意義と役割、テーマを見つける際の考え方など現在に通じる論点は、ほぼカバーされていると言ってよい。
毎日新聞大阪本社の調査報道チーム「編集局遊軍」は、ミドリ十字事件以外でも数々の調査報道をものにした。小磯良平画伯らの作品を模造した「ニセ絵」事件、医師・歯科医師の国家試験問題漏えい事件、細菌部隊「731部隊」の追及―。いずれも特筆すべき報道だったと思われるが、これまでは顧みられる機会はそう多くなかった。それは発信の拠点が衆目を集めやすい「東京」ではなく、毎日新聞「大阪」本社だったせいかもしれない。
■参考URL
単行本「偽装『調査報道』ミドリ十字事件」(晩聲社)
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