わずか2分の動画が伝える内戦の結末 「People of Nowhere」

  1. 調査報道アーカイブス

「People of Nowhere」リオル・スペランデオ氏(2015年)

[ 調査報道アーカイブス No.33 ]

 シリアで内戦が始まって10年になる。2011年に中東諸国や北アフリカのイスラム諸国で連鎖的に起きた「アラブの春」。チュニジアのジャスミン革命などと違い、シリアでの「反アサド政権」の動きは、しかし、激しい内戦となってとどまることを知らなかった。2015年前後からは大量の難民が発生。一部はボートピープルとなって地中海を渡り、欧州を目指した。

 英国南部の都市・ブライトンを拠点に活動しているイスラエル出身の映像ジャーナリスト、リオル・スペランデオ(Lior Sperandeo)氏はそんな難民の様子を撮影するため、ギリシャのレスボス島に行く。そこに7日ほど滞在し、動画のカメラを回し続けた。その取材をもとにした動画作品がこの「People of Nowhere」である。2015年11月、動画投稿サイトのVimeoで公開された。

 作品はわずか1分59秒の長さしかない。ナーレションはない。人の発する言葉もほとんど収録されていない。字幕もない。だから逆に、この映像は言語と国境の壁をやすやすと越えることができた。前半と後半で音楽と画面はがらりと変わり、シリア難民問題の本当の姿を見せてくれる。
 なにはともあれ、まずは動画を視聴してほしい。これこそが、長きにわたるシリア紛争が人々にもたらした結末だ。

People of Nowhere from Lior Sperandeo on Vimeo.

 この動画について、スペランデオ氏はVimeoのサイトでこう綴っている。

 EUに流入しようとするシリア難民の波。私はそれに関して、さまざまな意見を聞いたり読んだりしてきた。ギリシャのレスボス島に向かったのは、その後のことだ。島で過ごした7日間は、私に、いっそう健全で人間的な視点を与えてくれた。この状況をどう捉えたらいいのか、という視点である。(新聞やネットニュースなどの)見出しの背後にいる人々を自分の目で見て、彼らの深い葛藤を感じ、そして心が折れそうにもなった。

 しかし、(EUへ押し寄せる)彼らは、(EU側の)人々が言うところの「脅威」なのだろうか? 私が見たのは、危機的状況の中で希望を求めている、勇気ある人々だった。

 また、レスボス島では宗教や人種、バックグラウンドに関係なく、すべての人を助けようと手を差し伸べる、世界中の勇敢なボランティアにも出会うことができた。そんな人々が私を奮い立たせてくれたのだ。

 私たちが自分の周りに作ってしまった悪い考えや意見の壁を、このビデオが少しでも取り除いてくれることを願っている。

 詳細な長文の現地ルポを読むことに匹敵するほど、あるいは、それを上回るほどの情報量と臨場感がこの動画には詰まっている。民族も文化も政治体制も違う異国の、幾多の問題が複雑に絡み合ったシリア内戦。その構造や問題点の知識が十分ではなかったとしても、「People of Nowhre」はシリア難民問題の本質を感じ取り、「何とかしなければ」という気持ちを駆り立てていくのではないか。

 スペランデオ氏は「People of Nowhere」の他にも、「People of 〜」でタイトルが始まる作品をいくつも発表している。「People of Mumbai」「People of Nepal」「People of Senegal」などがそれだ。いずれも短編だが、見る者をとらえて離さない。当然のことながら、「VS権力」「権力監視」だけが調査報道ではない。滅多なことでは現場に行けない人々に成り代わり、その眼となって現場の様子を伝えていく。それも立派な調査報道だ。そしてネット全盛の現代では、その伝え方も日進月歩で変化していることをこの作品は教えてくれている。

■参考URL
People of Nowhere (Vimeo)
Lior Sperandeo (本人の公式サイト)
単行本「シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問」(パトリック・キングスレー著)
単行本「君とまた、あの場所へ〜シリア難民の明日」(安田菜津紀著)

高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

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