「オリンパス事件」報道 月刊FACTA(2011年)
[ 調査報道アーカイブス No.18 ]
世界的な光学機器メーカーのオリンパスは金融資産の運用失敗により、1990年代後半には1000億円以上の含み損を抱えていた。ところが、この巨額損失を計上せず、簿外処理して闇から闇に葬る画策を続けてしまう。「オリンパス粉飾決算事件」とも「オリンパス損失隠し事件」とも呼ばれる一大不祥事である。発覚は2010年。企業のガバナンスや会計の情報開示に関して種々の問題を投げかけた国際的な経済スキャンダルだった。
これを明るみに出したのは、月刊誌「FACTA」の調査報道である。2011年8月号の「オリンパス『無謀』M&A 巨額損失の怪」「零細企業3社の買収に700億円も投じて減損処理 連結自己資本が吹っ飛びかねない菊川体制の仮面を剥ぐ」というタイトルの記事が皮切りだった。その記事の書きだしは、しびれる。
株主に説明できないM&A(企業の合併・買収)を繰り返して巨額の損失を計上したにもかかわらず、ほっかむりを決め込み、高額の報酬をふんだくっている経営者にとって、シャンシャンで株主総会を乗り切った心中はどんなものだろう。
6月29日、東京・西新宿の京王プラザホテル南館で精密機器大手オリンパスの株主総会が開かれた。菊川剛会長(70)ら経営陣首脳は内心ハラハラしていたのではないか。
その5日前、本誌が5項目の詳細な質問状を送ったからだ。広報部から総会直前に電話で「M&Aについて必要な情報開示はしている。それ以上、申し上げることはない」という木で鼻をくくったような回答が届いた。その裏では株主質問が出たらどうするかと、想定問答集づくりに大わらわだったはずだ。が、議事進行はすんなり進み、会社提案の1~6号議案は無事可決された。
胸を撫で下ろすのはまだ早い。本誌はやらせ総会など目じゃない。調査報道のトドメはこれからだ。
FACTAは同年10月号でも「巨額M&Aの闇を暴く調査報道第2弾。問題子会社の事業計画書に、あっと驚くファンドの名」と題する続報を打つなどし、追及の手を緩めなかった。この事件は最終的に経営陣4人が東京地検特捜部に逮捕され、後に金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載罪)で有罪となる。旧経営陣はまた、株主代表訴訟なども起こされ、巨額の賠償責任を負うことになった。
FACTA編集部と協力し、オリンパス事件の全貌を明るみに出したのは、ジャーナリストの山口義正氏である。その著書「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」にこんな場面が出てくる。オリンパスの問題が事件になる数年前の2009年8月。山口氏は名勝・尾瀬で「深町」(仮名)という人物と1日を過ごす。友人でもあるオリンパス社員の「深町」は湿原の木道を歩きながら言った。
「ウチの会社、バカなことやってるんだ……/売上高が2億~3億円しかない会社を、300億円近くも出して買ってんだ。今は売り上げも小さいけど、将来大きな利益を生むようになるからって。バカだろ?」
調査報道は端緒がすべて。そう喝破したのは、リクルート事件報道を手掛けた元朝日新聞記者の山本博氏である。では、端緒とは何か、それをどう掴むのか。事は簡単ではない。数多ある情報の中から「端緒の質」を見極め、肉付けしていく取材は容易ではない。取材者の見識と能力、パッション。地べたを這いずり回るような作業も繰り返さなければならない。先の見えない日々は孤独であり、特に組織に属していないジャーナリストにはそれに耐えうる胆力も必須であろう。組織に属する取材者であっても、調査報道は孤独だ。まして山口氏はフリー。減る一方の預金残高を気に掛けながら、尾瀬で聞いた言葉の意味を追い続ける。
しかし、取材のプロセスがにじみ出ている本書を読み進めると、気付く。孤独だった山口氏には、いつの間にか「仲間」が増えていく。多くは、オリンパスの再生を願う名も無き社員たちだ。彼ら彼女らの情報提供や協力がなければ、FACTAの調査報道がここまで進むことはなかった。
同時に本書では、「組織」の大看板の下でリスクを取ろうとしない人々の醜悪さも余すことなく描かれている。大手メディアに属する記者たちも、そこに含まれている。個人的な栄達や欲望を「組織のため」と言い換える性根。その積み重ねで成り立っている日本社会にも山口氏は切り込もうとした。不正や社会の歪み、その多くは、日々の仕事の中で起きているのだ。企業を対象にした調査報道は、改めてそれを思い起こさせるし、読む人に組織人のあなたはどうするのか」と迫ってくる。
■参考URL
・オリンパス 「無謀M&A」巨額損失の怪(FACTA ONLINE)
・単行本「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」(山口義正)
・映画『サムライと愚か者-オリンパス事件の全貌-』予告編
・信頼回復に向けた100日間の記録(OLYMPUS)