被曝の恐怖を余すことなく伝える「被曝治療83日間の記録 東海村臨界事故」

  1. 調査報道アーカイブス

[調査報道アーカイブス No.26]

 NHKスペシャルの「被曝治療83日間の記録 東海村臨界事故」(49分)は、放射線被曝の恐怖を余すところなくとらえた画期的な番組だった。

 茨城県東海村で核燃料加工施設JCOが臨界事故を起こしたのは、1999年9月30日である。高速増殖炉「常陽」で使用する核燃料を加工中、ウラン溶液が臨界に達し、間近で中性子線を浴びた大内久さん(当時35歳)ら作業員2人が後に死亡した。国内で初めての臨界事故であり、原子力事故による被曝死亡者もこれが初めてだった。

 番組放送は事故から1年半ほどが過ぎた2001年5月13日である。いま、番組自体の視聴は、NHKティーチャーズライブラリーを通じた教育用などしか方法はないが、取材班は「朽ちていった命 被曝治療83日間の記録」という書籍を著している。双方とも優れた現場報告だ。

 番組以上に、先に進むことに怖さを感じるかもしれない。「読むことがつらい」という本は(宣伝文句は別にして)、そう滅多にあるものではない。「朽ちていった命」はページをめくるのがつらい。「つらい」というより「怖い」と感じた箇所が多数ある。

 大量の放射線を浴びた人は、いったい、どのようになってしまうのか。眼や口などの顔、手足、内臓。それらはそれぞれに、どのように変化していくのか。

 被曝から何週間も過ぎた後に、皮膚が焼けただれ、毎日、大量の体液がしみ出して行く。当初、意識がはっきりしていた作業員の無惨で、無念な姿は、誰しもが心に刻み付けてよいはずだ。取材班は、同書の最後のほうで「放射線の恐ろしさは人知を超えていた」と書く。実に淡々とした、それでいてこれ以上はない迫力を持って訴えかけてくる同書の中で、この一文こそが主眼である。

 もちろん、番組にも書籍にも、朽ちていく夫を見守る家族、医師や看護師たちの、愛情溢れる思いは綴られている。だからこそ、余計にページをめくって、被曝後の日々の経過を知ることが怖くなる。

 

 フロントラインプレスの伊澤理江さんが発表したオリジナル記事に「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたか」(2019年3月)がある。筆者(高田)はその一部取材に同席し、被曝した作業員を治療した前川和彦・東京大学医学部教授(当時)に会った。東京・新宿のカフェ。そこで聞く前川氏の回顧も、すさまじい内容だった。

 「まさか(その後)全身の様子があんなふうになるとは誰も思わなかったです。大内さんは意識もしっかりしていた。水泳で全身がちょっと日焼けしたかな、くらい。顔はちょっとむくんでいたけど、どこが悪いの、という感じでした」

 「一日一日、驚きの変化でした。血液の液体成分が血管の外に出て失われ、体がむくむ。肺に水がたまり、酸素の取り込みが悪くなって、4日目ごろ、昼夜逆転の不穏状態に。採血され、胃の検査をされ、『モルモットみたいね』という発言が大内さんから出てきました。でも、話をしたのは最初の3~4日くらい。その後は人工呼吸管理が必要となり、持続的に鎮静薬を投与し、意識をなくしました」

 「急性被ばくの患者なんて誰も見たことがない。皮膚の様子は刻々と変化し、いろんな症状が出てくる。(皮膚が再生されず)身体の表面から大量の体液と血液が失われ、それに大量の下痢。終わりのほうでは、毎日1万cc以上という量の輸液です」

 NHKスペシャルは毎回、良質の番組を世に送り出す。その中でも、この番組は被曝の恐怖を的確に伝え、社会が原子力事故にどう対応すべきかを提起した。

 東京電力福島第一原発が事故を起こしたのは、東海村の事故から干支が一周りした2011年である。この番組の放送からは10年のことだ。事故後、多くの関係者は「想定外」だと言い募った。しかし、大内さんらが亡くなった後、前川医師は「何かが起こらないと何もしないという場当たり主義に決別し、お二人の犠牲を無にすることなく、しっかりとした緊急被ばく医療体制をつくっていきたい」と書き記している。

 もしかしたら、また何年後かに何らかの事象を前にして「想定外」と誰かが言い募るのではないか。この番組や同名書を見返していると、そんな思いにとらわれる。

(写真はいずれもNHKのHPから)

■参考URL
NHK放送史の「被曝治療83日間の記録〜東海村臨界事故〜」
もう原発はいらない!〜臨界事故を経験した東海村の村上村長激白〜(Our Planet TV)
「朽ちていった命 被曝治療83日間の記録」(NHK「東海村臨界事故」取材班著)
冊子「JCO臨海事故から10年を迎えて」

高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

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