総理にも防衛相にも隠していた海外スパイ活動 陸自「別班」を暴いた大スクープ

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「部隊の独走は民主主義国家の根幹を脅かす」

 この記事をスクープしたのは、共同通信社編集委員の石井暁氏だ。出たり入ったりはあったものの、記者生活の過半を防衛省・自衛隊担当として過ごしてきた。この記事を通じて何を伝えたかったのか。石井氏は自著『自衛隊の闇組織 「別班」の正体』でこう記している。

 首相や防衛相が関知しないまま活動する不健全さは、インテリジェンス(情報活動)の隠密性とは全く異質で、「国家のためには国民も欺く」という考えがあるとすれば、本末転倒も甚だしい。張作霖爆殺事件や柳条湖事件を独断で実行した旧関東軍の謀略を挙げるまでもなく、政治のコントロールを受けず、組織の指揮命令系統から外れた部隊の独走は、国家の外交や安全保障を損なう恐れがあり、極めて危うい。まさに民主主義国家の根幹を脅かすものだ。

 1973年、東京・九段下のホテル・グランドパレスで白昼、韓国の大統領候補だった金大中氏が韓国の情報機関に連れ去られるという「金大中拉致事件」があった。その際、金大中氏を張り込んでいたのが、事実上、「別班」だったという。さらに、その部隊の活動に関する内部告発が日本共産党に対して行われ、機関紙赤旗が事実を追いかけていく。当時の報道は『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』に詳しいが、石井氏の取材はこの部隊が現時点でも存在しているかどうか、存在しているとしたら何をやっているかを掴む取材でもあった。実際、活動は続いていたし、当時の報道を上回る規模と範囲で活動は行われていた。

東京・市ヶ谷の防衛省(防衛省HPから)

◆石井氏「切るためにネタ元とは付き合っている」

 筆者(高田)はこの報道をめぐって、石井氏と何度か語り合ったことがある。

 地を這うような他の調査報道と同様、この取材も小石を丹念に積み重ねていく地道な作業の連続だった。端緒をつかんでから記事にするまで、実に6年近い年月を要している。この組織の存在を知り得るのは誰か。海外で情報活動に従事した経験者に取材できないか……。石井氏の取材は難航を重ねた。長い年月を費やして、防衛省・自衛隊の奥深くに「取材の協力者」を作ってはいる。それでも、ささやかな端緒情報を肉付けしていくことは容易ではない。逆に、組織の側からは「痴漢冤罪に気をつけろ」「絶対にホームの端に立つな」といった警告も受けた。自衛隊の“闇の組織”が本気になれば、何をやってくるか分からない。その程度のことは想像できたという。

 石井氏はまた、こんなことも言った。

 「なぜ、普段から自衛隊や防衛省の連中と付き合っているか。酒を飲んでいるか。理由はたった一つ。書くためです。書く時に、相手との交友を切るためです。いわば、切るために付き合っている。それに防衛省・自衛隊の中には本当に国の先行きを憂いている人が何人もいる。彼らは、そこらへんの官僚や政治家より、何倍も民主主義の重要性をわかっています。そうした人たちの協力で、この取材はできました」

 石井氏には、「キーパーソン」と名付けた協力者がいた。陰に陽に、この困難な取材を支えたパートナーのようにも映る。石井氏とキーパーソンの関係は、料理屋のシーンも交えながら、上掲書に活写されている。しかし、それほどまでに大事で親しい間柄のキーパーソンですら、いざとなったら、石井氏は切り捨て、パソコンのキーボードを打って原稿を紡ぐのだろう。市民に知らすべき情報があると判断すれば、ネタ元など切り捨てる。その覚悟を持てるかどうか。すべての記者に向かって、そう言っているように筆者は思えた。おそらく、調査報道の要諦はその点にもある。

■参考URL
現代新書『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(石井暁著)
単行本『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』(赤旗特捜班著)
石井暁氏『友人と酒を飲むのもNG…自衛隊の秘密情報部隊「別班」をご存じか 帝国陸軍から引き継がれた負の遺伝子』(現代ビジネス)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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