「お産SOS 東北の現場から」が示した重い現実 “日常”を掘り下げて見えたものとは

  1. 調査報道アーカイブズ

 一連の取材を担ったのは、6人の記者だった。40代のキャップを除くと、残り5人は若手。そのうち2人が女性だったという。報道部次長として取材班を率いた練生川(ねりうかわ)雅志氏は『個としてのジャーナリスト』(早稲田大学出版部)の中で、連載開始の事情をこう説明している。

 きっかけは、数年前から河北新報社の取材網である東北各地の総局・支局から、産科を廃止する病院が相次いだり、産科医が不足して地域が困ったりしているなどのニュースが届くようになったことです。最初はその単発の一本一本の記事として紙面に載せていましたが、私たちは徐々に「何か大変なことが東北の各地で起きているのではないか」と感じるようになりました。

 東北6県の人口はおおよそで1000万人だ。取材班が調べたところ、東北全体の産科医は1994年に871人だったという。それが2004年には724人。10年間で16.9%も減っていた。全国平均の倍以上の減り方である。岩手県(33.1%減)と青森県(29.5%減)は特に激しい。その現実を前に取材は始まったのである。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

◆「あなたたちはニュースが欲しいんでしょ? 産科医の現場はニュースではなく日常です」

 特筆すべきは、東北の総合病院すべてにアンケートを送ったことだろう。取材の端緒をどう得るかを考えあぐねてのことだったが、予想を大きく上回り、回答は7割を超えた。ふつう、この種の協力を求めても回答は1割か2割程度しかない。それほど、産科医の側にも伝えたいこと、訴えたいことがあったのであろう。しかし、医師の側には「これまでは伝えたくとも伝えるきっかけがなかった」のだという。それはどういう意味なのか。取材班の記者が尋ねると、ある医師はこう答えた。

 だって、あなたたちはニュースが欲しいんでしょ? ニュースになるようなネタを探しているんでしょ? でも産科医の現場というのはニュースじゃない。日常なんです。

 医療現場のニュースと言えば、それまでは医療過誤や医療関係の訴訟などが中心テーマであり、医療の現場そのものをニュースとして扱う感覚を欠いていたのだと、練生川氏は自らを省みる。そして、取材相手にも「これはニュースではなく、日常」と言わせてしまっていた。これは、いったい何だったのか。そのままで良いはずはない。だから取材班は“お産の日常”と真正面から向き合い、深掘りしていこうとしたのだ。実際、その目線でお産の周辺を見つめ直すと、さまざまな“異常”が見えてきた。出産間近の妊婦さんが片道60キロもの雪道を神経をすり減らしながら自分で運転していく。そんな光景が正常なはずはない。“日常”の中に埋没させてはいけなかったのだ。

 「お産SOS 東北の現場から」が紙面化されてから、間もなく15年になる。「お産過疎」とでも言うべき東北の、そして全国の実情はどう変わっただろうか。

■参考URL
単行本『お産SOS 東北の現場から』(河北新報社「お産SOS」取材班著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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