「怖いです。思いださせないでください」/日航機事故『墜落の夏』が発した次世代への問い

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「32分間の真実」が問う巨大システムの行方

 『墜落の夏』は落合さんをはじめ、遺族、検死にあたった警察官や医師、運輸省(現国土交通省)の官僚、事故調査委員会の関係者、日航の関係者ら実に分厚い取材によって成り立っている。事故そのものや航空機の問題はもちろんのこと、高度に完成したと思われていた社会システムの負の側面にも切り込む。重厚な内容と緊張感ある展開。各章の見出しや内容を眺めただけでも、それは伝わってくるだろう。講談社ノンフィクション賞を受賞したのも、うなづける内容だ。

▼真夏のダッチロール
 524人を乘せた日航123便が消息を絶った。いったい何が、なぜと問う暇もなく、人々は、空前の出来事に翻弄されていく。
▼32分間の真実
 生存者・落合由美さんの証言とボイス・フライト両レコーダーに残された飛行記録をもとに、墜落への軌跡を克明にたどる。
▼ビジネス・シャトルの影
 高度24000フィートの上空で、ふいに人生の最終ページがめくられたとき、人々は何を思い、そこに何を書き残したのか。
▼遺体
 520名の遺体収容と検死、身元確認の作業は困難をきわめた。医師たちが目のあたりにした巨大航空機事故の知られざる断面。
▼命の値段
 事故の夜から世界に張りめぐらされた保険機構が動きだした。補償交渉の冷たい数式の背後に遺族たちの動揺と陰影が見える。
▼巨大システムの遺言
 フェイル・セーフ思想が貫かれた機体に何が起きたか。安全神話に魅せられた現場と、隘路にはまった事故現場の迷宮を歩く。

墜落機体から回収されたフライトレコーダー(日本航空のHPから)

 

 『墜落の夏』の取材は丹念で、疑問を一つずつ潰していくような流れは、調査報道取材のプロセスそのものだ。そして、優れた調査報道の多くがそうであるように、この作品も将来世代への重い問い掛けを含んでいる。

 稠密で巨大なシステムがきちんと稼働することが現代人の幸福の前提になっているー。吉岡氏は最後、そのような認識を示す。そのうえで、巨大システムの破たんを防ぐには、さらに精緻なシステムを求めるしかないのかもしれないと言い、こう記している。

 システム体系におおわれた現代世界にあって、より信頼できるシステムを構築しようとすれば、より均質で、より稠密で、より壮大なシステムを実現するしかないだろう。それには、いいかげんな修理をやったり、リベットを曲げて打つようなアメリカ人に任せず、日本人がやればいい。日本人一般ではなく、可能な限り信頼できる人間に任せれば、さらにいい。

 そして言う。「技能のバラつきや品質のムラを、均質化からの裏切りとして排除していくシステム形成の根底にあるものは、いったい何なのだろうか」と。

■参考URL
『墜落の夏 日航123便事故全記録』(吉岡忍著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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