殴る蹴る、体毛を燃やす…凄惨な暴力・いじめ/防衛大学校の“伝統”はなぜ連鎖したのか?

  1. 調査報道アーカイブズ

◆1874人中33人が「体毛を燃やした」、144人が「やられた」

 番組は後半、Nさんの弁護団が入手した防大の内部資料を元に展開していく。

 Nさんの問題発覚後、実は防大は内部で学生1874人を対象にしたアンケートを実施していた。それによると、体毛を燃やすなどのいじめを行ったことがあると答えた学生が33人、やられたという学生が144人もいた。「見た」ことがあるは518人、「聞いた」ことがあるは670人。殴る蹴るに至っては、「見た」「聞いた」がそれぞれ700人余りもいた。Nさんのケースは特別な事例でも何でもなかったのである。

 しかも、こうした暴力やいじめは「学生間指導」だとして長年、防大の内部で温存されていた。Nさんに訴えられた上級生らは法廷で「指導だった」と異口同音に語り、自分たちも下級生のときは同様に指導されたと明かしている。

 裁判で国側(防大)は、Nさんに対する行為は学生の私的行為であり、予測不可能だったと主張した。しかし、学校側は暴力の実態を本当に知らなかったのか。実は2017年までの11年間、防大では「私的制裁」「暴力」を理由として164人もの学生が処分されている。被処分者の25%にも上り、その期間にはNさんの事件発覚後の数年間も含まれているのだ。この事実を見せられた視聴者は、自衛隊内に染み込んだ暴力の深い闇を知り、暗然とすることだろう。

防大生の様子(防大のHPから)

◆脈々と受け継がれた暴力の連鎖 それを明らかにした番組

 番組は大きな反響を呼び、放送後からネット上やSNSで「深夜ではなく、もっと早い時間帯に放送してほしかった」「多くの国民が知るべき実態」といった投稿が相次いだ。さらに、2019年度のギャラクシー賞(NPO法人・放送批評懇談会)の「選奨」を受賞。選評では次のように評された。

 防衛大学校での暴力を訴えたひとりの元学生を追うと、そこには脈々と受け継がれてきた暴力の連鎖がありました。先輩たちもやってきたことと繰り返す学生たち。指導教官らは、暴力はないことになっているから、予測不可能だったと声を揃えます。これまで膿が出なかったのは、恐怖で支配され黙殺されていたから。事実を追うことに大いなる意義がありました。

番組の1シーン(NNNドキュメントの公式Twitterから)

 

 番組制作に関わったディレクターの大島千佳氏はYouTubeチャンネル「防衛大学校の《暴力・いじめ》をなくすために」の中で、次のように記している。Nさんの裁判で一審判決が出た後の一文である。裁判所は加害者8人のうち7人に賠償命令を出したものの、国の責任は認めなかった。

 私は、2015年にこの事件を知り、取材を続けて来ました。すると見えてきたのは、「学生間指導」という教育システムの欠陥。幹部自衛官を育成する防衛大学校では、リーダーシップを身につける目的で、<上級生が下級生を指導する>ことが認められています。
 全寮制で共同生活を送る学生たち。
 上意下達の精神に支配され、「学生間指導」という名の暴力・いじめが横行していたのです。裁判で証言した加害者は、それを「防衛大の伝統」と言いました。また、取材した複数名の防衛大OBや中退者は、その伝統は「波のように繰り返される」と言いました。

 防衛大学校の組織の責任が問われないなんて、おかしいです。「自衛隊だからそれぐらいは当たり前」。そんな古い考え方、おかしいです。この連鎖を断ち切るために。防衛大が、自衛隊がより良い組織になるように。

 裁判はその後、高裁へ進み、国が逆転敗訴した。国側は上告を断念し、判決は確定した。では、実態は改善されたのか。実は、先に紹介した防大生対象のアンケートでは、「暴力は許されない」と回答したのは1874人中、わずか12人しかいなかったのだが……。

 番組は現在、動画配信サービス「Hulu」で視聴できる。

■参考URL
Hulu『防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ』
日本テレビの公式HP 同番組
単行本『自衛隊の闇: 護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺事件の真実を追って』(大島千佳著、NNNドキュメント取材班著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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