“不毛に見えますか?” 首相の背中を見続ける「総理番」 共同通信がルポ

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◆四六時中、首相を追いかける「共同時事方式」とは

 「総理番」という記者の仕事がある。首相の一挙手一投足を追い、動静を逐一速報する仕事だ。そんな総理番記者の日常を解きほぐすルポが公開された。共同通信・伊藤元輝記者による「あの日の首相」である。官邸記者クラブの記者に対しては、「政権に忖度しているのか」「会見での質問がぬるい」といった批判も絶えないが、この記事は政治記者の一断面をのぞくことができ、興味深い。

 伊藤記者は2021年5月から総理番となり、菅義偉元首相と岸田文雄現首相に張り付いた。その期間は、まさに激動。新型コロナウイルス対策や東京五輪・パラリンピック、菅氏による突然の退陣表明、自民党総裁選とそれに続く衆院選などが続いた。

 ルポは上と下に分かれており、『早朝から深夜まで緊張の連続、アナログ取材を積み重ねる「総理番」』と、『辞任表明前夜…いつも会釈の首相が、向き直って深々とお辞儀』の2本立て。総理番の仕事の流れなどを明かす「上」には、こんな記述がある。

 21年12月、東京・永田町の首相官邸。広いエントランスを岸田文雄首相が歩いていく。車寄せにはトヨタの高級車、センチュリーが待機する。通称「総理車」。随行する秘書官が首相のかばんを手に1歩引いて歩く。周りを警護のSPが取り囲む。少し離れた位置で報道各社の記者がICレコーダーを片手に押し黙り、テレビ局のカメラマンもレンズを向ける。首相が転倒したり、不意に発言したりといった不測の事態に備えながら「退邸」を見届ける。官邸に出入りするたびに、この光景が繰り返される。
 首相が玄関に近づいたのを見計らって、私は記者団の輪から速足で抜け出して後方のSPの脇に合流した。共同通信と時事通信の記者2人だけが代表取材で同行を許されている。首相の動向を追う取材に本来制限はないはずだが、移動の際は警備の都合を考慮し「共同時事方式」と呼ばれる代表取材制が採用されている。

◆「不毛な仕事だ…」と思ったことも

 首相も分刻みなら総理番も分刻みだ。どこどこに何時に着いた、そこを何時に出た、どこで誰と会った、いついつこんな会合に出た……。それらを逐一目で確かめ、事細かに記録し、1行速報として発信を続ける。首相のスケジュールは頻繁に変わるため、油断はできない。首相を見失わないことが何よりも重要なのだという。伊藤記者は「不毛な仕事だ」と思ったこともあると正直に書く。そのうえで「それでも総理番の仕事は令和の時代になっても続いている。報道機関として最高権力者を至近距離で追い続け、その行動を正確に記録する重要性は、昔も今も変わらない」と記した。

 「下」には、次のような記述が登場する。菅元首相が退陣を表明した際のことを記したものだ。

 菅首相を追ったのは約5カ月間。懸命に働いているようには見えた。こう言うと、権力に寄り添っていると批判を受けるだろうか。首相は朝7時台から始動し、官僚を中心に数多くの面会をこなすことが多かった。休日もほとんど取らず、公邸に民間人を招いては話を聞いていた。
 あくまで物理的にだが、首相は近い存在になった。取材先とは相対するのが一般的だが、「追い掛ける」という取材の性質上、総理番は首相の背中を見る機会が多い。「背中で語る」という言葉があるように、想像力をかき立てられる。疲れているのではないか。気合が入っている。リラックスしていそうだ…と。その影響で、多少感情移入していることを自覚する。常に取材先と一定の距離を保つのは難しいと、改めて思い知る。

 安倍政権から菅政権への時代には、政治と報道の距離が問題になった。ただ、そうした距離を問われるのは、一義的には若い総理番ではない。官邸記者クラブに陣取り、権力中枢の人たちに取材を続けるキャップやサブキャップ、中堅記者たちだ。総理番は背中を追うが、キャップらは向き合う。

 そんな政治取材の在り方を考える上で参考になりそうな記事が『永田町で話題の菅義偉氏の内幕暴露本に見る「政治報道の落とし穴」』だろう。筆者は元朝日新聞の政治記者・星浩氏。日本テレビの政治記者が出版した書籍を評しながら、「問題は、オフレコを前提で聞いた話を暴露したり、官房長官の記者会見では質問を控えてその後の単独取材で本音を聞き出したりといった手法の是非である」と主張している。

■参考URL
ルポ・あの日の首相
(上)『早朝から深夜まで緊張の連続、アナログ取材を積み重ねる「総理番」』(共同通信 2022年1月10日)
(下)『辞任表明前夜…いつも会釈の首相が、向き直って深々とお辞儀』(同 1月11日)

『永田町で話題の菅義偉氏の内幕暴露本に見る「政治報道の落とし穴」』(論座 2022年1月10日)

 
   
 

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