「殺人犯」は存在しない? 大崎事件の深層に迫る西日本新聞の調査報道

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 冤罪が疑われている鹿児島県の「大崎事件」をめぐり、西日本新聞が独自の調査報道を続けている。『検証「大崎事件」アナザーストーリーを追う』がそれで、2020年2月から断続的に掲載。2022年1月からは当時の捜査員を訪ね歩き、事件捜査が適正だったかどうかの検証を試みている。

 事件の発生は1979年10月で、被害者は同県曽於郡大崎町に住む男性(当時42歳)。男性は自宅に併設された牛小屋兼堆肥置き場で遺体で発見された。その後、タオルで首を絞めて殺害したとして、被害者の兄らが殺人や死体遺棄の罪で有罪判決を受け、服役した。ところが、被害男性の義姉・原口アヤ子さん(94)らは無罪を主張。服役後、再審請求を続けてきた。実は、被害男性は遺体で見つかる前、自宅から1キロ余り離れた側溝で倒れており、自宅に連れ帰ってもらった。そのため、この事故が原因で亡くなった可能性があるとして、原口さんは裁判のやり直しを求めてきた。

『検証「大崎事件』アナザーストーリーを追う』(西日本新聞の公式サイトから)

 

 ことし1月13日に掲載された『検証「大崎事件」アナザーストーリーを追う』の第31回は、『初期供述こそが真実では #捜査員を訪ねて⑤』。42年前にこの事件を捜査した鹿児島県警の捜査員らの証言に基づき、捜査の妥当性を検証している。それによると、事件に大きな影響を与えたはずの側溝転落に関し、検察側にはそれを調べた調書が存在しないのだという。西日本新聞の記者は、所轄署で唯一の鑑識係だった元捜査員に取材。その内容を次のように記している。

 そもそも、側溝付近を調べた調書自体が作成されていないのではないか。この疑問をぶつけるのに、冒頭の元捜査員は最適な人物に思えた。現地署で唯一の鑑識担当であり、現に、被害者宅や牛小屋の写真を撮影した当人だからだ。
 元捜査員は明言した。「被害者が側溝に落ちたことは当時聞いていた。でもその場所は知らない、行ったこともない」。側溝で実況見分をしたのであれば、署の鑑識は当然参加するのではないか。「普通は行きますよね。だけど行っていない」と語った。

 「側溝転落の軽視」をうかがわせる事実は、他にもある。溝に落ちた被害者を誰が最初に見つけ、誰が道路に引き上げたのか。そんな基本的な情報さえ謎のままなのだ。

 この事件はそもそも事件ではなく事故だったのではないかー。それがこの調査報道の内容でもある。であれば、“犯人”はどこにもいなかったはずだ。この連載企画を始めるにあたって、西日本新聞は『「殺人犯」は存在しない? 解決したはずの殺人事件にショッキングな疑惑が浮かんだ。40年前に鹿児島県で起きた「大崎事件」を、調査報道で追う。』と記した。その線に沿った連載は、いよいよ佳境に入りつつある。

■参考URL
『検証「大崎事件」 アナザーストーリーを追う』(西日本新聞 公式サイト)
単行本『叫び―冤罪・大崎事件の真実』(入江秀子著)
『違法捜査の実態 判決前に暴く 「志布志事件」報道』(フロントラインプレス 調査報道アーカイブス No.17)
『愛知県知事リコール署名の大量偽造 暴いたのは地域と会社の枠を超えた前例なき“地方紙連携”』(フロントラインプレス 調査報道アーカイブス No.45)

高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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