◆監視カメラ運用に関する法律はない
日本には顔認識技術を使った監視カメラの運用を規制する法律はなく、現状では監視活動が誰からもチェックされない状態になっている。法が未整備のまま、第三者による生体データの保有が進む。小倉氏はその危険性を訴え、生体認識技術が普及する背景にも言及した。
「顔認識や指紋、静脈などの生体認識は、一生変えることができないものであり、他の人とはっきり区別がつくものです。そうしたものを使って一人一人を識別する技術がどんどん入ってきてるわけですね。生涯変わることのない自分固有のデータですから、JRであれ、国であれ、第三者によって保有されるリスクは極めて大きい。固有のデータを第三者が保有したときに、どう使われるか、全く分からないのです。『みなさんの生体データは違法な使い方はしません』『必要な時に限って使います』などと言っても、明日も同じ(言い方)とは限らない」
「さらに問題なのは、第三者が持っている生体認識のデータを消させる権利がないこと。仮に権利があったとしても本当に消しているか、確認する手立てがない。法律を作ればいいという人がいるかもしれない。でも、その法律の有効期間は何年なのか。人の一生を100年として、100年有効な法律なんてほとんどない。その時々の政権によって変わっていくわけです。そして、だいたいが悪い方向に変わっていくのがこの国。今、良い法律があったとしても、その法律に期待してすべてを委ねてはいけない。法律の効果はすごく限定されています。そのことをきちんと自覚したうえで、議員には生体認識の技術をどうするかを議論してもらわなければならない」
しかし、そうした議論にはならないと小倉氏は指摘する。それはなぜか。
◆監視カメラは儲かる
「日本のテクノロジーの中でもこの技術は非常に儲かり、国の今後の経済発展のベースになると考えられているからです。岸田政権にとってサイバーは優先課題になっている。生体認識技術の普及が進むと、野党も『そこまで強くは反対できない』と及び腰になってしまう。(国会で)議論をしたいとしても、技術とか知識に関してきちんと理解していないと返り討ちに遭ってしまう。それを恐れて突っ込めないということになりかねない分野なんです」
「私たちは、技術の細かい部分などを知りようもない。ですが、固有のデータは違法に使われないようにしないといけないというのは、技術的なことを知らなくても誰でも分かる。そのことを法律に委ねるとしたらどうしたらいいのか。委ねないとしたらどうするか。技術の専門家かどうか、関係ない。私たちがきちんと議論し、考えなければいけない問題なんです」
◆“公共空間での大規模監視を禁止”は世界のトレンド
顔認識を含めた生体認識をめぐり、海外では導入反対の動きが高まっている。ドイツの新政権は昨年、公共の場での顔認識など生体情報による大量監視を禁止する方針を打ち出した。欧州議会は、生体認証による大規模監視の規制案をつくった。公共空間で顔認証システムを使った警察捜査を全面禁止する内容で、昨年10月にはこれに賛成する決議案を採択した。
「世界中で今、顔認識や生体認識に対する反対・禁止は大きなトレンドになっています。そうした中、私たちがJR東日本の顔認識カメラ導入に関して行うべきことは2つあります。1つは、JRに対して『顔認識の技術は使うな』と言って、使わせないこと。顔認識の技術を使おうとするのは、その技術を売る企業があるからです。だから、もう1つは、JRに技術を売りこんだIT企業、メンテナンスを行う企業、サポートする企業に対して、『売りこんだりメンテナンスやサポートしたりするな』と訴えることです」
「なぜ企業は顔認識の技術を売るか。儲かるからです。儲かるがゆえに、IT企業のほとんどが顔認識を含めたさまざまな技術を開発する。そこに莫大なお金を投資し、公的な資金が技術開発援助として入ってくる。その結果、技術が商品として売られる。その一連のサイクルを絶つことが必要になってくる。それがないと、生体認識の技術は最終的に止めることができない。法律に何ができて何ができないのか、できない部分をどうするのか。そこを自覚して議論することが必要なので、立法の問題だけでなく、技術の問題も含めて取り組まなくてはいけないと思っています」