「返せなければ腎臓を売ります」 ヤミ金被害の実態に光を当てた初の本格キャンペーン

  1. 調査報道アーカイブス

西日本新聞(2002年〜)

[ 調査報道アーカイブス No.87 ]

◆「借りたものは返すは当たり前」…常識への疑い

 バブル崩壊から10年前後を経た2000年代の前半、日本経済はまだ深く沈み込んでいた。資産デフレの影響で銀行の不良債権処理は道半ば。貸し渋り、貸しはがしが横行し、中小企業の倒産や失業は増加の一途だった。資金繰りに行き詰った自営業者や多重債務者らは、法定をはるかに超える高金利の「ヤミ金融」に手を出し、その被害が問題視され始めていた。

 ヤミ金業者の多くは10日で1割の利子を取る「トイチ」、10日で5割の「トゴ」といった暴利をむしり取る。しかも、大半は暴力団関係者が経営していた。国や都道府県に貸金業の登録をせず、携帯電話を使って業務を行うことから「090金融」とも呼ばれていた。

 西日本新聞は2002年11月、他メディアに先駆け、『ヤミ金融を追う』という連載をスタートさせた。きっかけは、司法担当の阪口由美記者が耳にした会話だった。弁護士事務所を回っていた際、若手の弁護士たちが「今、何が大変かってヤミ金なんだよ」と口をそろえている。無登録の違法業者から高金利でカネを借り、暴力的な取り立てにさらされて弁護士事務所に相談に訪れるケースが後を絶たないのだという。

 取り立ては、脅迫そのもの。それなのに、金銭貸借という民事分野に対し、警察捜査の腰は重い。ヤミ金業者に立ち向かう弁護士事務所には業者から悪質な嫌がらせも相次ぐ。そうした実情を知り、阪口記者は「何とかしなければ」と思った。ただ、迷いもあり、以下のように考えていたという。

 「借りたものは返すのは最低限の道徳。貸し手の非だけをあげつらい」

 「リストラや病気で働けず生活費に窮した借り手と、ギャンブルや浪費などの借り手を同列にヤミ金被害者として扱えるのか」―。

 しかし業者は、借り手を自殺に追い込んでも元金の数十倍もの額を関係者に返済させようとしていた。その悪質さを知るにつれ、阪口記者らの迷いは吹き飛んだ。

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◆「金払うんか、ここで殺されたいんか」

 連載の第1部(5回)には、ヤミ金の被害者として竹細工職人(68)らが登場する。

 竹細工職人の男性は不況で注文が激減し、生活費として大手の消費者金融から借金を重ね、ついには高利のヤミ金融に手を出した。1社の利息の支払い日を過ぎたある日、男たちに車に連れ込まれ、真っ暗な山道に降ろされ、「金払うんか。ここで殺されたいんか」と脅された。事務所に呼び出されてわずかな所持金と自宅のカギを奪われ、「今日中に金つくってこい」とたたき出されたこともあった。毎日が生き地獄だったという。

 自営業の女性(44)は事業に失敗し、自己破産した。その後、弁護士にも打ち明けることができなかった「ヤクザ絡み」のヤミ金からの借金50万円によって、両親と弟の4人で心中未遂にまで追い込まれた。数カ月間の借入先はヤミ金ばかりで約30社。返済額は毎週数十万円に上った。「勧誘して効率が良いのは自己破産者」「本人からの回収は期待していない。親族の連絡先を出させて搾り取れるだけ搾り取る」―。ヤミ金業者は自己破産者情報を仕入れて狙い撃ちしていることも阪口記者は知った。

 20代後半の男性サラリーマンは、ギャンブルが原因で消費者金融や090金融などに手を出し、「返せなければ腎臓を売ります」という念書を書かされた。生活費の足しにと消費者金融から借りた主婦(36)は、やがてヤミ金からも借金し、借入額は総額400万円に膨れ上がった。自宅の玄関に張り紙をされ、黒い車が連日、自宅前に横付けされた。

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本間誠也
 

ジャーナリスト、フリー記者。

新潟県生まれ。北海道新聞記者を経て、フリー記者に。

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