どうして冤罪は生まれるのか 7回の有罪判決に潜む矛盾を明らかにした調査報道

  1. オリジナル記事

◆40回超の大型連載で捜査の矛盾を暴露

美香さんについては、2017年4月に刑務所で小出医師による鑑定が行われ、軽度知的障害とADHD(注意欠如多動症)、愛着障害があることが判明した。そして同年12月には再審開始が決定され、2020年3月に大津地裁で再審による無罪判決が出た。

「ニュースを問う」という大型特集でのキャンペーンが始まったのは、鑑定結果が出た後の2017年5月。それ以降、この欄での連載は40回を数え、矛盾に満ちた捜査とそれを見過ごしてきた検察・裁判所に焦点を当てた報道を続けた。

秦融氏の著書

秦氏の著書「冤罪をほどく “供述弱者”とは誰か」(風媒社)。2022年の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞した

取材班を率いた秦氏は一連の取材を通じ、日本の社会と報道に潜むいくつかの重要な問題と向き合った。1つは発達障害をめぐる社会のありようだ。

「発達障害の知識を共有できない社会が、どんな結果をもたらし、どんなふうに個人を苦しめているのか。その負の側面を示す好例でした。そうした人たちはいわば、本人も障害に気づかず、周囲にも気づかれにくい“グレーゾーン”と呼ばれる層にいます。そこに社会はきちんと向き合えていなかったわけです。

彼らが事件の被疑者として取り調べを受ける立場になってしまうと、迎合的になったり、虚偽を口にしたりしかねません。私たちはそれを“供述弱者”と名付けました。真実を自分の言葉でうまく伝えられない供述弱者は間違いなく存在する。

しかも密室で自白を強要する捜査は今も改まっていないため、障害のある人たちはひとたまりもありません。また、障害がなくても現在の捜査手法のもとでは、誰もが密室の中で供述弱者にされてしまうのです」

◆冤罪にマスコミも加担

どうして冤罪事件が生まれるのか。

「冤罪事件は捜査機関がつくり出し、裁判所が認めてしまうことによる悲劇です。組織が冤罪をつくる。事件の見立てを組織で決めたら、絶対に曲げようとしない捜査手法や、高圧的な取り調べ。それが発端です。呼吸器事件に顕著なように、組織が誤った方向に進んでいても組織内にブレーキをかける人はいないし、制度もありません。

冤罪事件にマスコミが加担してきたことも否定できません。私たち報道機関も記事にするときは必ず『当局』の見解を得なければならなかった。捜査権限のない記者が真実に迫る場合は、捜査機関を情報源としてそこに食い込むしかなかったからです。

しかし、それに甘んじてしまい、事件を検証するシステムを日本の報道機関は作ることができなかった。判決が出たら、それまでだった。単に警察から聞いた話をそのまま報道する。ただ判決が出た内容をそのまま報道する。疑問を持たず、何も考えず報道した結果が、呼吸器事件のような冤罪の悲劇でした」

秦氏は今後も冤罪をテーマに取材を続けるという。

「昔と比べて、今はツールが高度化し、情報は入手しやすくなっています。マスコミの衰退も目立ち、産業としての先行きも危ぶまれています。そんななかで、組織の壁を超えて共同で取材する枠組みがあったら、埋もれた事実を明らかにできる事柄がたくさんあるはずです。そして新たな報道機関も生まれるのではないかと期待しています」

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板垣聡旨
 

記者。

三重県出身。ミレニアル世代が抱える社会問題をテーマに取材を行っている。

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