東京五輪開催の5年前 予算の無軌道な膨張に警鐘を鳴らした東京新聞の検証報道

  1. 調査報道アーカイブズ

◆都合の悪い情報には口を閉ざす 「そんな五輪に共感や感動はない」

 一連の取材を担った社会部の中澤誠氏は「このままでいいのか」「ちょっと立ち止まって考えてみては」との思いから検証取材に着手したという。要人たちは予算規模を2兆円と言ったり、3兆円と言ったり、はたまた「分からない」と言ったり。五輪を推進する責任者が、そんな程度のことしか口にしない。そんなことが許されて良いはずはないと中澤記者は考えた。ある出来事が正しいかどうかを確かめる「検証」報道もまた、立派な調査報道である。

 中澤記者は一連の検証記事に関して「地方紙で読む 日本の現場 2016」に寄稿し、次のような問題意識を披露している。

 「69億円→1000億円超→491億円。これは、2020年東京五輪・パラリンピックのボート・カヌー会場として、東京湾の埋め立て地に建設する「海の森水上競技場」の工費の変遷だ。五輪の主会場となる新国立競技場は工費高騰や不透明なプロセスが批判を浴びたが、都が整備する他の競技会場でも、招致段階から工費の見積もりが大きく膨らんでいた。
 なぜここまで工費が膨らんだのか、過去の報道から納得いく答えは見つからない。あらためて水上競技場の検証を始めたのは、2015年8月のことだった。
 当初計画が白紙撤回に追い込まれた新国立の問題を受け、当時の舛添要一都知事は「情報公開が不十分だった。都は同じ轍を踏むわけにはいかない」と記者会見で発言していた。
 ところが、都の対応は舛添知事の発言とはほど遠いものだった。水上競技場の工費高騰の理由を尋ねても、既に報道された内容をなぞった回答しか返ってこない。積算根拠は「今後の入札に影響するから答えられない」の一点張りだった。
 ならばと、都に関係資料を情報公開請求したが、積算した数字はすべて黒塗り。大会組織委員会や競技団体との協議内容も、あちこちの文言が伏せられた。

 都合の悪い情報には口を閉ざす。これでは都民の不信感は募るばかりだ。「由らしむべし知らしむべからず」の五輪に、感動と共感が生まれるはずがない。中澤記者は当時、そう書き記している。

 その後の展開は、5年前に中澤記者が見立てた通りだったと言ってよい。反対の声を押し切るようにして開催された五輪は、巨額赤字のツケを税金で賄おうとしている。その金額がいったい、どんな数字なのか。開催から半年が経過しようとしているのに、責任をもって数字を示す当事者はまだ現れていない。

■参考URL
単行本「日本の現場 地方紙で読む2016」(早稲田大学出版部)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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