「テロとの戦い」とは何だったか/アブグレイブ刑務所事件の真相に迫り「アメリカの正義」を問う

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「イラクに行く理由なんて本当は一つもなかった」

 吉岡氏はこの番組取材を元にした自著『虐待と微笑 裏切られた兵士たちの戦争』の中で、カーピンスキー元准将の話に長く言及している。元准将は女性軍人としては異例の出世を果たしながら、最後は「アブグレイブの出来事を記者会見して公表すべきだ」と上官に進言したことで、逆に軍から追放されてしまう。その後は罪を負わされた元部下を訪ね歩き、真実がどこにあったのかを知ろうとし、伝えようとする。

 カーピンスキー元准将は吉岡氏らの取材クルーに向かってこう言った。

 いろいろな意味で(罪に問われた)7人の兵士たちの一部もイラクで死んだと思っています。彼らは確かに生きて還ったけれど、心は……。彼らの国や政府に対する信頼は挫けたまま、その一部はイラクで死んでしまったのです。

 米国は「イラクに大量破壊兵器がある、フセイン政権はそれを隠している」と言い、テロとの戦いと称してイラク戦争を始めた。しかし、大量破壊兵器に関する情報が虚偽かそれに近い情報であることを、米政権は最初から知っていた。

 (ブッシュ政権が)イラクの物語をでっち上げた時、彼らはそれを正当化するために、さらなるでっち上げを必要としたんです。何千人もの収容者たちを虐待したり拷問したりすれば、ひょっとしたら1人くらいは望んだような情報を持っている人間がいるかもしれないと期待していた。しかし、ただの1人もそんな人は見つからなかった。なぜなら、彼ら(政権)が求めていた答えそのものが、そもそも存在しなかったからです。

 私はあとになって、そのような真実に気が付きました。その真実とは、イラクに行く理由などひとつもなかったということです。

アブグレイブ刑務所で米兵に虐待されたイラク人。この他にも虐待・拷問を示す凄惨な写真が多数明らかにされた=U.S. Army / Criminal Investigation Command (CID)

 

 国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ナウ」事務局長の伊藤和子弁護士は番組放映後、自身のブログで「日本のテレビ局がよくぞここまで取材したと、その質の高い番組制作に感服した」「米国ではなかなか追及しきれていないテーマ、みなが忘れつつあるテーマ」だと記し、こう続けている。

 アブグレイプ事件が被収容者虐待の性的スキャンダルとして発覚したとき、女性下士官であるイングランド上等兵をはじめ、下士官たちのみが有罪とされ、とかげのしっぽきりのように、彼女たちの私生活が大々的に暴かれ、指弾されたが、トップの責任は一切問われなかった。そのことを真剣に追求するテレビ・メディアもほとんどなかった。
この番組では、そのイングランド元上等兵へのインタビューを中心とする綿密な取材を通じて、トップの意向が働いていたこと、軍上層部や、民間軍事会社が被収容者虐待を奨励し続けていたことを告発した点が鮮やかだ。

 吉岡氏はその後も対テロ戦争に関する取材を続ける一方、報道に関わるきっかけとなった「沖縄」にもこだわり続けている。最近では2020年12月放送のNHK・ETV特集「沖縄が燃えた夜〜コザ暴動50年目の告白〜」を制作した。「軍」や「国家」、そういった強大な力によって理不尽な目に遭わされている人々にこれからも焦点を当て続けるのだという。

吉岡攻氏(撮影:高田昌幸)

■参考URL
NHKスペシャル『微笑と虐待 ~証言 アブグレイブ刑務所事件~』
単行本『虐待と微笑 裏切られた兵士たちの戦争』(吉岡攻著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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