開示されたくないから公文書を作らない/官僚の病理に切り込んだ調査報道

  1. 調査報道アーカイブズ

◆「情報公開を避けるため、公文書を作らない」

 このスクープを報じた後、日下部記者は筆者(高田)らに対し、次のようないきさつを語っている。その一部は『権力に迫る「調査報道」』にまとめた。

 (取材を通じて)内閣法制局はもともと、内部の協議をほとんど記録に残してなかったことが分かってきました。特に、情報公開法ができた後は、政治家から何か言われたとか、そういう機微な事柄については、自分の手元ではメモするけど、シェアするようなかたちでは作ってない。公文書としても残していない。
 ーー開示対象になるのを避ける目的ですか。
 おそらくそうです。そういうことを証言するOBもいます。
 ーー憲法解釈の変更に関する記録を残さなかったのも、そういう意図でしょうか?
 そこまで確定的には分かりませんでした。「もともと口頭でやりとりする役所だ」という雰囲気はあったようです。「みんな、法律の玄人みたいな人たちばっかりなので、いちいち残さなくても、あうんの呼吸で分かるんだ」みたいなことをあるOBは言ってました。
 ーーこのスクープ記事の価値はどこにあると考えていますか。
 あれだけ大きな憲法解釈の変更があって、日本の外交、防衛、そして国のかたちが変わっていく。その転換点について、何十年もあとの人が「あのとき、何があったのか」と考え、調べようと思っても、文書がないと分からない。歴史の検証に耐えられない。そのことを明らかにしたことだと思っています。

 政府に情報公開すると、さまざまな“壁”に遭遇する。閣議決定される前の法案についても、そうだ。日下部記者は「ほんと、驚愕します」と話した。

 情報公開法5条に情報を開示しなくていい場合の条件が書いてあって、その中に「(政府内での)率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」「国民の間に混乱を生じさせるおそれ」というのがあります。だから、法案が閣議決定される前の請求に対しては「法案ができる前に、その協議を明らかにしたら国民の間に不当な混乱を起こし、かつ、法案・法令作成の中立性が保てなくなるため開示しない」という趣旨の決定通知が来る。要するに、「法案を作るまでは、おまえたち国民には何も知らせない」と。すごい上から目線だなと思って、驚愕したことがあります。

 日下部記者は「官僚は情報を出さないために、いろいろ考えています」と言う。組織で共有してるとしか思えない文書であっても、「個人のメモ」だと言って出さない。政官接触の記録は特にその傾向が強い。「口利き」などの国会議員による官僚への不当な介入を防ぐためのルールなのに、「個人メモ」の世界に入り込む。実際、日下部記者の取材では、ある経済産業省OBが「やばい話は個人メモということにして開示請求の対象にならないようにしていた」と話したという。

 かつては記録に残していて、請求されたら黒塗りで出していた。今は、そもそも記録を残さない。だから、一つの方法としては、あって当然の文書がないケースを次々に報じていく。それをやらなきゃいけない。だけど、やっぱりその先ですよね。本来残すべき記録が全然残らなくなっていく、そういう社会でいいのか、と。非常によくない。さっき言ったような、後世の人が、何があったのかを検証できない社会。それでいいのか、と。

 情報を出さないために官僚が一生懸命考えているのなら、法的な対応だけでなく、報道側は報道側として知恵を絞り続けるしかないー。日下部記者はそう言った。実際、毎日新聞はその後、「公文書クライシス」というキャンペーンを手掛けるなど、この問題で粘り強い取材を続けている。

■参考URL
単行本『公文書危機 闇に葬られた記録』(毎日新聞取材班)
毎日新聞ニュースサイト「公文書クライシス」
単行本『権力に迫る「調査報道」』

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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