人はなぜ、ウソの歴史を信じるのか? 青森発のフェイクニュースと闘った地方紙記者の記録

  1. 調査報道アーカイブズ

◆専門家もメディアも偽書を信じ込み、拡散や権威付けに加担した

 斉藤記者が言うように、外三郡誌を信じたのは歴史マニアだけではなかった。考古学の専門家や大手メディアの記者も次々にだまされた。政治家では、安倍晋三元首相の父である安倍晋太郎氏も関心を寄せていた時期があったという。

 一方、偽書作りを担った和田氏は、外三郡誌が熱狂的に受け入れられたことで、さらなる「フェイク」を作り上げて真書派の心を満たそうとした。和田氏も、外三郡誌を使って金銭的な対価を得ていたことも、引くに引けない理由の一つだっただろう。

 和田氏の自宅へ調査に入った時の様子を斉藤記者は2003年2月25日付の東奥日報でこう記している。(引用中の「和田さん」とは、偽書作りの和田氏とは別人。和田氏の近隣に住み、死後に住宅を購入した人物)

「古文書が落ちてきたという四七年ごろに住んでいましたが、そんな出来事は一切ありませんでした。何より、当時はすだれだけで天井板を張っていません。古文書もなかったんです。存在しない文書がありもしない天井を突き破るわけがありません。断言できます」
 和田さんによると、この家の建築は四〇年ごろで、一族が現在地に移って来たのは九十年ほど前。「この地で何百年も続く旧家」という男性の言い分と大きく食い違う。
 「代々、古文書が伝わっていたとは一度も聞いたことがありません。すべて作り話で、見つかったとされる古文書も作られたものでしょう」と言い切る和田さん。「ありもしない古文書をなぜ、偉い大学教授や専門家が信じたのか、今でも不思議。だまされたのでしょうか」と首をかしげる。
 では、古文書の作り手は?と問いかける記者に(古代史研究家の)原田実さんが答えた。
 「現代人が神話を作ろうとしたのでしょう。ここがその夢の跡です」

 稚拙なウソは結局ばれた。真贋論争が、斉藤記者の追及によって和田氏に不利な状況になると、メディアが外三郡誌を取りあげることはなくなった。しかし、真書派はこう言うのだ。「マスコミは真実を報道しない」。

 人はなぜ、ウソの歴史を作るのか。そして、それを信じてしまう人がいるのはなぜか。これは、真贋論争が盛りあがった90年代に比べてインターネットが格段に普及し、フェイクニュースが大量に氾濫する現代の方が、より切実な問題になっている。その意味では、「外三郡誌」という青森発のフェイクニュースと闘った地方紙記者の記録で本書は、今の時代でも読まれる価値のある1冊である。

■関連URL
「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」(斉藤光政著、集英社文庫)

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西岡千史
 

記者

1979年、高知県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、インターネットメディア『THE JOURNAL』の立ち上げに参画。その後、週刊朝日で千葉県がんセンターの保険外腹腔鏡死亡事故問題を調査し、発表。国内外の農業、林業、漁業の現場をたずねながら、政府が主導する制度変更の問題...

 
 
   
 

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