世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第1回
この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました。
◆コロナ禍の米国で記者の私自身が社会的弱者になった
「このままでは失業するかも」「今後どう生活していけばいいのか、出口が見えない」
世界を覆うコロナ禍では、経済的打撃を受け、仕事や生活が激変した人々があふれている。筆者は窮困者の記事を読むたびに、胸が痛み、ひとりひとりに手紙を書きたい気持ちになった。
「あなたは一人じゃない。記者である私自身も、困っている一人です」と。
筆者(大矢)はフリーランスジャーナリストとして2018年秋から米国カリフォルニア州を拠点に取材をしてきた。米国内はもちろん世界各地を渡り歩き、現場で起きている諸問題を英語で取材し、日本のメディアで発表してきた。「世界を舞台に活躍するジャーナリスト」という夢の実現の最中にあった。それが突然、揺らいだ。
2020年1月26日、カリフォルニア州で最初の感染が報告され、3月4日には緊急事態宣言が発令。その2週間後には自宅待機義務が課された。全米各地にパンデミックが広がり、あっという間に生活は変わってしまった。現場へ行くことができない。撮影中の新作ドキュメンタリーの制作もストップ。講演はすべてキャンセル。収入は激減した。
感染拡大につれてアジア系住民への差別や暴力事件も増加した。「次は私が被害に遭うかもしれない」との不安がつきまとう。外国人の私が、もしもコロナに感染した場合、適切な治療を受けられる保証はない。そもそも医療費が高額な米国で医療機関にかかれば、私のようなフリーランスは即破産だ。
「報道記者の仕事は、権力の不正を暴き、社会的弱者の権利を守るためにある」などと高らかに言い放っていた私自身が、コロナ禍において社会的弱者であることに気づかされ、愕然とした。
「2020年の調査報道国際会議は、新型コロナの影響により全日程オンライン開催となりました」
そんな英文メールが届いたのは2020年6月上旬のことだった。発信者はIRE。調査報道記者・編集者協会(IRE:Investigative Reporters & Editors)である。世界各地の調査報道ジャーナリストが加盟する、世界最大規模のネットワークだ。年間を通じて、最新の取材方法を学び合う会議やワークショップを開催している。
「世界の記者たちは、コロナ禍の中で何をどう取材しているのだろうか?」
私は9月21日、オンライン会議に飛び込んだ。
◆自宅からできる新しい調査報道
特設サイトにアクセスすると、そこにはバーチャル会議場が広がっていた。1時間ごとに10個ほどの新しい会議室があらわれ、各部屋でオンデマンドの講演が行われている。一部には、事前収録の動画を視聴する部屋もあるが、講師とはオンデマンドでチャットができ、タイムリーな質疑応答が可能だ。「新型コロナウイルス」「大統領選挙と資金問題」「人種差別と警察の暴力」など時事問題をテーマにした講演が並ぶ。
IREオンライン国際会議のプラットフォーム
講師はニューヨークタイムズやCNNといった大手メディアの第一線で取材する記者から、プロパブリカやリビールなど市民らの募金で運営される非営利独立の調査報道メディアで働く記者たちだ。米国を中心に世界各地から参加者が集まった。総勢2,900人以上がオンライン上で一堂にかいする大会議だ。
「新型コロナの影響で、自分たちも現場に出られなくなってしまった。この半年間、自宅で仕事をしている」と記者たちは語る。なるほど、私と同じく、彼らも取材スタイルの変更を余儀なくされていた。しかし、彼らの表情は決して暗くない。むしろ明るい。「自宅からできる調査報道の可能性はコロナ禍でむしろ広がっている。そのためだよ」と彼らは口を揃えて語る。いったい、どういうことだろうか。
東海岸のワシントンDCに拠点を置くNBC4テレビ。そこで調査報道を担当するジョーディ·フレイシャー記者は「コロナ禍で情報源を得る方法」と題して講演し、ピンチをチャンスに変える必要性を話した。
「コロナの影響で記者は現場に出られないけど、それは取材相手も同じです。お互いに家にいて、コミュニケーションにZoomなどを使うことが当たり前になりました。ということは、取材相手の電話番号など、以前はなかなか入手できなかった情報が手に入るチャンスが訪れたということです。ステイアットホームの期間だからこそ、オンラインでどんどん取材をすべきなんです。そこで頑張れば、そのぶんだけ取材相手の連絡先が手に入ります。コロナが収束した頃にはきっと、今後もずっと役に立つ連絡先リストが出来上がっているでしょう」
ジョーディ·フレイシャー記者