◆全米で発生したケアホームでの集団感染、公式発表の虚偽を見破る
調査報道専門記者のひとり、ニューヨークタイムズのダニエル·アイボリー記者は2020年4月、全米各地の高齢者施設で集団感染が拡大している実態を他メディアに先駆けて報じた。これによって、アメリカにおけるコロナ禍は想像以上に拡大しているという認識が社会に広まった。彼女は自身の取材をこう振り返った。
「私のチームが取材を開始したのは3月中旬です。その時期には、各州が高齢者施設での感染件数を公表していませんでした。だから、マニュアル式に各施設に電話をして、一つ一つの施設に感染件数を確認しました」
その結果、高齢者施設の利用者·関係者のコロナによる死亡者が、全米で少なくとも7000人に達するという実態がわかった。その結果、各州政府は高齢者施設での死者数や感染件数を公開するようになった。
しかし、公表される情報を鵜呑みにしてはいけない。調査報道の出番は、ここからだ。データをそのまま記事に引用することは、調査報道ではタブーなのである。実際、アイボリー記者のチームが公表データを詳しく調べてみると、死者数だけを公開する州もあれば、実際の発生件数とは異なるデータを公開していた州もあった。コロナ感染者に関するデータの基準は各州ばらばらであり、しかもいい加減だったのだ。
アイボリー記者のチームはデータを分析し、取材を重ね、次々と調査報道記事を公表していく。「死者は全米で4万6400人」「全米のコロナ死者の3分の1が長期高齢者施設の入居者·介護者」であることをと突き止め、続報を出した。前回の報道で伝えた犠牲者数の実に6.6倍に膨れ上がっていた。コロナ禍の調査報道が浮き彫りにしたのは、本来ならば一番守られねばならない高齢者のような社会的弱者から犠牲になっていく実態だった。
◆有色人種からコロナの犠牲になっていく現実
非営利の調査報道メディア「プロパブリカ」は、日本でもその名を知られるようになってきた。調査報道NPOとしては全米屈指の規模と知名度、影響力を誇る。ネットメディアとして初めてピューリッツァー賞を獲得したのも、プロパブリカだった。
そこで働くドゥアー·エルデイブ記者は2020年5月9日、「最初の犠牲者100人」と題した記事を公開した。「イリノイ州シカゴ市内でコロナによって死亡した最初の100人のうち70人がアフリカ系だった」という内容である。
記事によると、シカゴ市内のアフリカ系の人口は30%であるにもかかわらず、5月上旬までのシカゴ市内のコロナによる死者約1,000人のうちの半数がアフリカ系だったという。人口比と明らかに一致していない。そこには何か問題があるはずだと記者は目をつけた。
エルデイブ記者はこう語る。
「人種別の犠牲者データがほしいとシカゴ市当局に問い合わせると、『そんなデータはない』と突っぱねられました。実は、その時点で病院などから『人種別のデータがある』と裏を取っていました。そこで、当局側と忍耐強く交渉して、そのデータを入手しました」
しかし、データはあくまで数字の羅列でしかない。そこに意味を見出すのが、調査報道記者の役目だ。
エルデイブ記者がデータをつぶさに検証していくと、コロナ患者が亡くなった経緯が見えてきた。中には病院に助けを求めたにもかかわらず自宅待機を命じられ、死亡した人もいた。助けられたはずの命が犠牲になっていた。その後の日本でも生じたような実態が、一足先にシカゴで起きていたのである。
記事には、亡くなった人たちの似顔絵を添え、彼らが息を引き取るまでの家族との会話なども丁寧に伝えた。ディテールには迫力がある。記事は多くの市民の心を揺さぶった。
「調査報道において重要なのは『なぜ』と問い続けることです。この問題はなぜ起きたのか、人々はなぜ亡くなったのか。そして、この報道がなぜ社会にとってが重要なのか、それらを読者に伝えることが、なぜ必要なのか。その結果、どんなことが起きるのか。そうした自問自答が大事なんです。なぜ、なぜ、なぜ、です。今回の取材では、全てのデータには、人の命、それぞれの人生が詰まっていました。これに限らず、データの裏には人の命がある。だから(無味乾燥なデータを並べたように見える)記事のストーリーの核心には、人間がいることを忘れてはいけません」
ドゥアー·エルデイブ記者
*****************
この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました。
東洋経済オンラインでは、発表時の記事全文を読むことができます。それぞれ、下記リンクをクリックし、アクセスしてください。
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第1回
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第2回
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第3回