世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第2回

  1. How To 調査報道

世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第2回 

 (この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました)

◆Black Lives Matter と調査報道 

 2020年を代表する米国の重大な社会問題と言えば、「Black Lives Matter」(BLM、ブラック・ライブズ・マター)だろう。BLMは黒人に対する暴力や差別の撤廃を求める社会運動で、2010年代前半から米国はもとより世界に広がっていた。それをさらに強めたのが、2020年に起きたジョージ・フロイドさん殺害事件である。
 事件は5月、ミネソタ州ミネアポリスの近郊で起きた。
 「助けて……息ができない」
 そう訴えながら、黒人男性のフロイドさんが死亡した事件を記憶している人は、日本にも多数いると思う。事件はそれほど世界中に衝撃を与えた。フロイドさんを力づくで拘束する警察官の動画は、SNSで拡散され、怒りと抗議のデモは「ブラック·ライブズ·マター」のムーブメントとともに全米各地の路上を覆いつくした。
 それでも、同種の事件はやまない。フロイドさんの死後も、米国では警察官による市民への発砲、殺害事件が後を絶たなかった。2020年に限ったことではなく、米国では白人警察官による黒人への暴力が長年、ずっと続いてきたのだ。
 その結果、BLMはトランプ氏とバイデン氏が争った2020年秋の大統領選挙の争点にもなった。

 では、米国の調査報道ジャーナリストたちは、警察権力の問題にどう向き合っているのだろうか。オンラインで開かれた調査報道国際会議では、これも大きなテーマになった。日本の取材でも大いに参考になりそうな話が続出した。
 日本の報道機関も警察との向き合い方に常に悩みを抱えていると思う。新聞社やテレビ局の記者は新人時代、大なり小なり「サツ回り」を担う。それも事件の捜査情報を追いかけることが主体であり、捜査の行方がどうなるかという“警察目線”での取材に神経をすり減らす。他社との競争に明け暮れ、「ネタを抜いた」「抜かれた」で記者の腕前が判断されがちだ。警察権力の監視というにはほど遠い実態がある。

◆「警察の監視システム」を監視する 

  米国に「エレクトリック·フロンティア·ファウンデーション(EFF)」という非営利団体がある。インターネットやテクノロジーの発展とともに、政府や警察の監視システムは年々高度化してきた。EFFはこれに対抗し、市民のプライバシー、表現の自由、人権を守ることを目的として1990年に設立された。
 そこに所属するデーブ·マースさんが、調査報道国際会議で講師になった。国家監視システムの調査分析を専門とする研究者である。
 「全米各地の記者たちから『地域の警察署がどんな監視システムを使っているのか教えてほしい』という問い合わせが、ここ数年たくさん寄せられてきました。こんなに照会があるなら、まずはこっちで警察の監視システムが一目でわかるデータマップを制作しようと思ったんです」
デーブ·マースさん(左)。2020年9月23日、オンラインで開かれた調査報道記者·編集者協会(IRE:Investigative Reporters & Editors)の国際会議に講師として招かれた 

 マースさんらが開発したオンライン·データベース「Atlas of Surveillance(監視の地図)」は2020年7月に一般公開された。このウェブサイトにアクセスし、画面の指示に従ってボタンを2つクリックすると、米国の地図が表れる。そこには「監視カメラ」「顔認証機能」など警察が導入している12種類の監視システムが表示されている。地図上のマークをクリックすれば、どの州のどの警察署が、どんなツールを使用しているのかが一目でわかる。
 テクノロジーを使って市民を監視する警察を、市民が監視できる画期的なウェブサイトだ。日本では考えもつかないような試みだと筆者は感じた。

 マースさんは「警察の監視システムを追う」と題した講演でこう語った。
 「デジタル時代の警察の監視システムは、マス·サーベイランス(大量監視)です。とにかく、警察はありとあらゆる情報を大量の人たちから大量に集めています。それらの情報をAIが分析し、犯罪傾向などを示すアルゴリズムを生み出しています。しかし、アルゴリズムは常に正しいとは限りません。(誤った情報や分析に基づいて)マイノリティーコミュニティーや特定の人種が集中的に逮捕されたりする危険があるのです」

EFFのオンライン・データベース「監視の地図(アトラス・オブ・サーベイランス)

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大矢英代
 

ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督。 1987年、千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。 現在、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員ならびに早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。

ドキュメンタリー映画 『...

 
 
   
 

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