世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第2回

  1. How To 調査報道

◆大量監視時代の実態を解剖する 

 マースさんは講演の最初で、ドローンの役割について語った。
 「私が、警察のドローン使用について調査を始めたのは8年前です。当時は、わずかの警察しかドローンを使っていませんでした。しかし、今では全米で1074もの警察署が導入しています(2020年9月23日時点)。使用目的は、犯罪や事件の現場撮影、レスキュー、マリファナの栽培地の発見などのためとされていますが、問題は、デモやプロテストなど市民が集まった場所でもドローン撮影が行われていることです」
 この8年の間、ほかにも変化した点はあるのだろうか。
 マースさんは、ビデオカメラを使った警察の監視システムについて「10年前と比較にならないほど発達した」と指摘する。
監視カメラといえば、10年前は画質も粗く、白黒で、設置台数もまだ多くはなかった。警察官が時折、映像を見るだけの存在に過ぎなかった。今は違う。警察のビデオカメラは、信号機やビル、高架下、大型商業施設の出入り口など街中の至るところに設置されている。警察車両は言うまでもない。カメラも高性能になった。リモート操作もズームも可能。顔認識機能によって人々の顔を自動的に読み込み、コンピューターを使って分析しているという。

 警察官が着用しているボディーカメラも大きく変化した。
 ボディーカメラとは、警察官の制服に取り付けらた小型カメラのことだ。事件や事故の現場検証に有効などとして、オバマ政権下で普及したものだが、年々、監視ツールとしての機能が増しているとマースさんは語る。
 今は「ボタン型カメラ」まで開発された。その撮影スイッチを常にオンにしていおけば、単に行き交うだけであっても市民の顔を全て読み取ることができる。顔データを山のように蓄積していくわけだ。市民は、気付かないうちに動画を撮影され、顔認識機能でデータ解析をされているということだ。

警察の制服に取り付けられた「ボタン型カメラ」。警察に撮影されていることには気がつかない超小型カメラだ 

 「Atlas of Surveillance」のデータベース(2020年9月時点)を見ると、このボディーカメラを導入している警察署は全米各地に1344カ所もある。顔認識機能は362カ所で導入されている。
 車のナンバープレート認識カメラを導入している警察署は568カ所だ。信号に取り付けられた固定式のカメラだけでなく、パトカーにもカメラが取り付けられている。街をパトロールしているだけと見えるパトカーが、実は走りながらデータを集めているのだ。

 これらのデータは巨大なデータバンクに集められ、私たちが過去にどこに行ったか、誰を訪ねたかなどデータが割り出されているという。マースさんは語った。
 「合衆国憲法で保障されている私たちの自由とプライバシーが侵害されているのです。しかも、問題はそれだけではありません。警察によって大量に収集され、保管された私たちの個人データが盗まれたり、リークされたりしたらどうしますか? もし政府や警察の内部の人間が、この監視システムを悪用したらどうなりますか? 自分もその周りの人たちも故意に攻撃される可能性があるのです」

◆警察を監視するデータベースの制作者は大学生 

 ハイテク機器で市民を監視する警察を市民の力で監視する。そんな目的を持つウェブサイト「Atlas of Surveillance」をつくったのは、驚くことに米国の大学生たちだった。しかも授業の一環だったというから、なお驚きだ。
 調査報道国際会議の講演で、マースさんは舞台裏を明かしてくれた。

 「警察の監視システムに関する情報は、実はインターネット上で簡単に見つけることができます。この問題を追っているジャーナリストたちが全米各地にいて、すでにたくさんの記事が公開されてますし、警察も新しいツールの導入時にプレスリリースを出している。地域の警察署のフェイスブックぺージにも情報が公開されています。それらを集めました」
すでに公になっている情報を集め、整理し、加工し、分かりやすく見せる。それが大切だったというのだ。
 マースさんが所属するEFFとタッグを組んだのは、ネバダ州のネバダ大学リノ校のジャーナリズムスクールである。学生は約200人。それに加え、教授陣やジャーナリスト、研究者らも参加し、総勢約300人がボランティアとしてデータベース制作に関わった。
 その手段は目からうろこだ。
 まず、EFFは教授たちに協力を呼び掛けた。教授たちはそれに応じ、インターネットを使った情報収集を学生たちの課題やボーナスポイントの宿題として出した。学生たちは、特設のウェブサイトにアクセスし、メールアドレスを登録。すると画面に課題の内容が表示される。「この監視ツールを使っている警察署はどこか、データを集めなさい」といった簡単な内容だ。20~30分ほどのネット検索で見つけられる。これを繰り返し、18カ月間で約5,500件もの基礎データを収集したという。
 2020年7月に「Atlas of Surveillance」が公開されると、早速、調査報道に活用された。9月30日には、カリフォルニア州オークランドのKTVUテレビがこのデータベースを使い、ナンバープレート認識カメラを使った警察監視システムの問題を報じたのだ。ほかの新聞やテレビも調査取材で使い始めている。
 米国メディアの調査報道取材には、大きな特徴がある。それは何か。「Atlas of Surveillance」との関係にも見られるように、他の非営利組織と協力し合い、支え合っているという点にある。権力を監視し、独自に調査する数多くの非営利組織。それと手を結ぶメディア。それらの運営を経済的に支えるのは、もちろん、一般市民たちである。

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大矢英代
 

ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督。 1987年、千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。 現在、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員ならびに早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。

ドキュメンタリー映画 『...

 
 
   
 

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