◆自宅の監視カメラ情報が警察に渡っていく
それにしても、EFFのマースさんらの話を聞いていると、監視システムの強大さや網羅性には驚くばかりだ。しかも、警察の監視システムは日進月歩で進化を続けている。いま、米国全土に広がっているのは大企業と警察との連携だ。マースさんは特に、家庭用監視カメラ「Ring(リング)」を問題にしている。2018年にアマゾンが約10億ドルで買収した「リング」は、玄関などに設置されたスマート監視カメラと、それに連動するスマートフォンアプリ「Neighbors(ネイバーズ)」だ。
この製品のユーザーは、玄関のドアを開けずに訪問者を確認したり、表情を録画したりすることができる。アプリを使えば、その動画を地域の人たちと共有もできるし、不審者だと思えば情報を投稿もできる。そこに警察が絡む。マースさんによると、警察はアプリに事件·事故などの情報を投稿できるだけなく、市民が投稿した動画を閲覧し、さらには市民に対して録画した動画の提供を求めることもできるという。
企業と警察の連帯を可能とする家庭用監視カメラ「リング(Ring)」のアプリ「ネイバーズ」
2019年8月、「リング」のCEOジェイミー・スミノフ氏は、405の警察署が「ネイバーズ・ポータル」(アプリの拡張版)を導入したと発表したが、「Atlas of Surveillance」のデータによれば、2020年10月8日時点では「リング・ネイーバーズ」のパートナーシップを結んだ警察署は全米各地で1497カ所を数える。1年弱の間にいかに警察との連携が進んだかがわかる。
自治体でも「リング」導入を検討するところが相次ぐ。米国で特に犯罪率が高いオハイオ州アクロン市のマーゴ·ソマーヴィル市長は2020年10月、地元テレビ局の取材に対し、「24時間体制の犯罪抑圧につながる」として犯罪が多い住宅街への「リング」設置を検討していることを明かした。
一般市民、大企業、行政、警察が一体となった新たなデジタル監視システム。まるで映画のような巨大監視社会が日常となりつつある。
しかし、「安全」と引き換えに出すものは、小さくない。カメラが記録する動画が大企業や警察に渡ったあと、どのように、何の目的で使用されるのか、全く明らかにされていないのだ。犯罪とは関係のない通行人、訪ねてきた友人や家族、宅配で働く人々。そうした一般の人々の日常を「リング」は捉え、24時間体制で録画し続ける。その動画を警察が入手する。どんな目的でどう使用するのかは、住民たちの手の届かないところで決まり、実際に使われていく。
マースさんはこう警鐘を鳴らした。
「最大の問題は、監視システムが社会にもたらす長期的な影響がわからないことです。監視の目的は、公共の安全や犯罪を解決することではないはずです。少なくとも米国では、社会をコントロールする方向に向かっているんです」
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この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました。
東洋経済オンラインでは、発表時の記事全文を読むことができます。それぞれ、下記リンクをクリックし、アクセスしてください。
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