兵庫県議「号泣会見」につながった地道な資料読み 「政務活動費」不正に関する報道

  1. 調査報道アーカイブズ

◆議会担当の「ルーティン」ではあったが、徹底的に調べた

 では、野々村氏の不正に関する取材はどう進んだのか。後に報道部長を務めた神戸新聞の志賀俊彦・東京支社長は2020年6月、東京FMのラジオ番組「TOKYO SLOW NEWS」(制作協力・フロントラインプレス)に出演し、「ローカル紙・地方紙のチカラ」と題する語りの中でこんな経緯を明かしている。「速水」氏は番組のパーソナリティー・速水健朗氏。

志賀:取材したのは当事の社会部です。県庁担当の記者で、県議会も担当するのですが、その2人の記者が取材に当たりました。この取材自体は特別なことではありません。政務活動費の収支報告書というのは公開されるんですけれども、この時期にそれをチェックするのは県庁担当の記者の、まあいわば、ルーティン作業なわけです。当時の県議89人の報告書があって、これが1万ページほどありました。それを調べる中で、野々村さんが陳情や住民相談に当てたとした政務活動費が1年で300万円に上っていて、その全額をなぜか切符代として報告してたんですね。その異様さが2人の記者の目に留まったということです。
速水:そしてあの記者会見になっていく流れなんですね?
志賀:そうですね。その記者会見の前、私どもがこの報告書の公開の日に合わせて、新聞で報じたわけです。
速水:インパクトの強さゆえに毎日ワイドショーが取り上げるような状況になったんですが、神戸新聞がチェックして取り上げてなかったら、気づかれずにスルーされていた可能性もあるということでしょうか?
志賀:これは公開されている情報ですので、いずれ気付く人はいたと思いますけれども、公開に合わせて気づいたというのは神戸新聞だけであったということですね。

 問題が明らかになった後も神戸新聞は追及の手を緩めなかった。釈明会見での神戸新聞記者による質問は、多くの質問者にとってお手本のような鋭さだ。

 野々村氏は議員を辞職し、その後、在宅起訴されるが、その間も神戸新聞は「野々村元県議 『東京出張日』に兵庫県庁滞在か」「政活費問題 野々村元県議『切手代』で金券購入か」「野々村元県議、カード明細書改ざんか 報告書に添付切り貼りの疑い」といった独自ニュースを報じていく。さらに「政活費不正疑惑、各地に飛び火 市民感覚とかけ離れた実態」といった記事も掲載。この問題が全国に波及し、各地で同様の不正が発覚していく事態にも目を向けた。

 上で紹介した「TOKYO SLOW NEWS」で神戸新聞の志賀氏が語っているように、政務活動費の収支報告書はどこの議会でも年に1回公開される。それを取材するのは、議会担当記者のルーティンでもある。しかし、公開に合わせて議会側から配られた資料にだけ目を通して済ますのか、あるいは、眼を皿のようにして元資料を読み込み、領収書の1枚1枚までチェックするかでは大きな差が出る。政務活動費をチェックする方法そのものは難しくないが、そこで手を抜くかどうかは、決定的な差になって現れることがあるのだ。神戸新聞は後者を選んだ。志賀氏は「これは公開されている情報ですので、いずれ気付く人はいたと思います」と語ったが、実は、そうとは言い切れない。

■参考URL
神戸新聞による一連の報道(公式HP)
単行本『「政務活動費」ここが問題だ 自治体〈危機〉叢書』(宮沢昭夫著)
単行本『号泣議員と議会改革:市民のための議会改革処方箋』(丸尾牧ほか著)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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