愛知県知事リコール署名の大量偽造 暴いたのは地域と会社の枠を超えた前例なき“地方紙連携”

  1. 調査報道アーカイブズ

◆前例のない他紙との合同取材チーム

 その後、合同取材チームができ、取材情報の交換も進んだ。両社の記者が一緒に取材に出向くこともあった。調査報道の取材には相当の慎重さが必要だ。取材源の秘匿、何重もの裏取り、機密書類の入手……。そうした行為を会社の枠を超えて実行することは簡単ではない。記事になった後、仮に訴訟を起こされたらどっちがどう対応するか、といった問題もある。それを両紙は乗り越えた。調査報道で他社と連携するには、「秘密保持」「情報管理」「互いの競合」という、難しい3つのポイントをクリアする必要がある。「JOD」というベースがあったとはいえ、現場の理解と熱意で、西日本と中日の両紙はそのハードルを超えた。

 この報道は2021年の新聞協会賞を受賞した。授賞に際して日本新聞協会は「民主主義の根幹を揺るがす重大な事実を、発行地域が異なる両紙が見事に連携してあぶり出した調査報道として高く評価される」と評している。一連の報道に関して中日新聞社会部でデスクだった酒井和人氏は「新聞研究」の2021年11月号でこう書いている。(丸かっこは筆者挿入)

 (西日本新聞から端緒情報の連絡を受けた際)愛知県選管に提出されたリコール署名に同一の筆跡や押印、故人の署名などが大量に確認されたことは既に報じられていた。ただ、こうしたことは個人の熱意が積み重なることでも起こり得る。何らかの組織的関与を疑う声はあったが、あくまで根拠のない疑惑にすぎなかった。それが「アルバイトによる大量偽造」だったとうのだ。

 言うまでもなく、日本の民主主義、地方自治にとってリコールは選挙と対をなす根幹とも言える制度だ。住民自身が知らぬ間に民意が組織やカネの力によって曲げられたとすれば、民主主義を揺るがす前代未聞の暴挙と言える。

 その暴挙を明るみに出したのが、新しい形での調査報道だったのだ。なお、この報道は世界的に知られる英ロイター研究所の「Digital News Report」(2021年版)においても、日本の特筆すべきコラボレーションの成果だったと紹介されている。

■参考URL
西日本新聞「リコール署名偽造」あな特投稿が端緒 地域との信頼関係の成果
中日新聞・特設ページ「リコール署名偽造」
中日新聞社・西日本新聞社に新聞協会賞 「愛知県知事リコール署名大量偽造事件のスクープと一連の報道」(YouTube)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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