「子どもは3歳まで母親と…」の母性神話を打ち破る 研究と調査報道の接点

  1. 調査報道アーカイブズ

◆情緒的に信じて疑わなかったものが崩れ去る恐怖

 こうした研究結果を発表すると、大日向氏は「国を滅ぼす女性」などの激しいバッシングを受けた。それほどまでに、母性に対する人々の思い入れは強かった。情緒的に信じて疑わなかったものを崩されることへの怒りと恐怖。それがバッシングの源だったと大日向氏は言う。その構図は今も完全に消えてなどいない。

 戦後の高度経済成長期以降、産業構造の変化と共に、人々の暮らしが大きく変わりました。男性は企業戦士として、「24時間、戦えますか」という形で外で働き続け、女性が家を守るという「性別役割分業」体制が敷かれました。それによって日本の経済発展が遂げられた面はあるのですが、そうして男性は「一家の大黒柱」になり、子育ては完全に「女性だけの仕事」になったのです。
これは、経済的・政策的な要請でもあったのですが、問題はそれを隠し、「女性が家庭で育児に専念することが絶対的・普遍的な真理だ」とする価値観として、「母性愛神話」が広められていったことだ、と私は考えています。

 

◆今もTwitterで共感が広がる

 この記事を含む「子育て困難社会」シリーズの記事4本は、以前もこの調査報道アーカイブスで取り上げた。中でも、この『「育児は女性のもの」が覆い隠す社会の歪み――見え始めた「母性愛神話」の限界』は、今も多くの人に読まれている。例えば、Twitterで9.5万人のフォロワーを持つ「ふらいと@バタくさい顔の新生児科医」氏は昨年11月、以下の文をツイートした。

 日本の母親を取り巻く環境の過酷さは異常。母性愛は素晴らしいが「神話化」すると一気に母親達を追い詰める。出産育児し始めると女性が抱える不安や浴びる中傷は、母性愛神話から来る物も多い。この母性愛神話は経済成長期が産んだ社会の歪みであり今の状況に明らかに合わない

 「ふらいと@バタくさい顔の新生児科医」氏は、これを皮切りに同記事に関する感想を6連投。それぞれのツイートはさらに拡散された。

 

 伊澤氏のこの記事には、章ごとに次のような見出しが並んでいる。これを眺めるだけで、「子育て困難社会」に潜む、構造的な問題が目に見えてくる。

「育児がつらい」をやっと言える時代に
「妻の愚痴」 本当は愚痴ではない
創られた「育児は女性のもの」
「3歳児神話」が覆い隠したものは何か
「子育ては母だけのものじゃない」
ようやく「真実」が見え始めた

 長い時間と労力を投じた権力監視型の記事だけが調査報道ではない。1本のインタビューであっても、社会の不公正な構造を解きほぐし、市民の前に提示した記事は大きな威力を発揮する。この記事は、そのことをも教えてくれる。

■参考URL
『「子育て困難社会」豊富なエピソードで得た圧倒的共感』(フロントラインプレス 調査報道アーカイブス No.15)

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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